何を学ぶ
研究対象は日本の言葉と文学。古典から数えれば千年の伝統がある分野だが、近年は国際的な視点から日本文学を考えるなど、方法論・研究対象ともに大きな広がりを見せている。

鳥羽 耕史(とば こうじ)先生
早稲田大学/文学学術院/教授
1968年、東京都に生まれる。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専攻は近代文学。著書に『運動体・安部公房』(一葉社)、『1950年代─「記録」の時代』(河出書房新社)など。
日本文学研究とは
ちょっと昔の流行語を耳にして、違和感を覚えた経験はないだろうか。短命な流行語に限らず、言葉は生き物であり、時代とともに少しずつ変わってきた。もともと歌や演劇のように口承の形で始まった文学が、文字で書き残されるようになると、文学はその場の聴衆だけでなく、後世の人びとにも鑑賞されるものとなった。そうすると不明な点が生じたり、さまざまな解釈が生まれたりする。
和歌をはじめとする古典文学についての注釈・考証などは、平安時代から始まっていた。江戸時代の国学は、蘭学と呼ばれたヨーロッパの学問に対抗してそれらを体系づけようとした。そして明治時代に入って近代的な大学を設立し、文学部をつくる際に、国学は国史や国語学、国文学としてカリキュラムに入るようになってきたのだ。今では日本史は別の学問分野だが、日本語学と日本文学は密接に関わり、しばしば同じコースで教育されている。
日本文学の研究が進むにつれて、時代区分としては上代(飛鳥〜奈良時代)、中古(平安時代)、中世(鎌倉〜安土桃山時代)、近世(江戸時代)、近代(明治以降)に分かれ、それぞれに散文(物語、随筆、小説など)と韻文(詩歌)の研究が発展してきた。日本語学についても、音韻(言葉の音声)・語彙(単語の体系や語源)・文法(言葉の組み立て)の3領域を中心に、古代から現代までの日本語の姿を明らかにする研究が深化してきた。現在でも、基本的にはこうした枠組みが生きていて、それぞれの分野ごとの学会活動も盛んである。しかし1980年代以降、特に2010年代に入り、大学改革と研究の国際化の二つの面から、日本文学の世界も変化を見せてきている。
大学改革の面では、学部・学科・コースなどの名称変更が相次ぎ、文学部文学科の日本文学コースといった従来通りのカリキュラムを掲げる大学が減少したことが挙げられる。日本文化、国際文化など、新しい名称によってカリキュラムを組み替えつつ、そのなかで日本文学の研究・教育を行うケースが増えてきている。特に国際文化コースなどのなかにアジア、もしくは日本文学が配置された場合には、そこでの研究・教育は国際的な文脈を意識したものとなるが、それは学問の国際化の流れともつながってくる。
欧米の地域研究の一部分としての日本学やアジア研究、韓国・中国・台湾など東アジアにおける日本研究と、日本の研究者との交流はかつてないほど広がってきている。
こうした流れは従来通りの日本文学コースにおいても例外ではない。むしろ、そうした国際的な視点から見たとき、「日本」とは、「日本語」とは、「文学」とは何なのか、あるいは何であったのか、ということを、先頭に立って追究していくのが、これからの日本文学、日本語学の役割になっていくだろう。
和歌をはじめとする古典文学についての注釈・考証などは、平安時代から始まっていた。江戸時代の国学は、蘭学と呼ばれたヨーロッパの学問に対抗してそれらを体系づけようとした。そして明治時代に入って近代的な大学を設立し、文学部をつくる際に、国学は国史や国語学、国文学としてカリキュラムに入るようになってきたのだ。今では日本史は別の学問分野だが、日本語学と日本文学は密接に関わり、しばしば同じコースで教育されている。
日本文学の研究が進むにつれて、時代区分としては上代(飛鳥〜奈良時代)、中古(平安時代)、中世(鎌倉〜安土桃山時代)、近世(江戸時代)、近代(明治以降)に分かれ、それぞれに散文(物語、随筆、小説など)と韻文(詩歌)の研究が発展してきた。日本語学についても、音韻(言葉の音声)・語彙(単語の体系や語源)・文法(言葉の組み立て)の3領域を中心に、古代から現代までの日本語の姿を明らかにする研究が深化してきた。現在でも、基本的にはこうした枠組みが生きていて、それぞれの分野ごとの学会活動も盛んである。しかし1980年代以降、特に2010年代に入り、大学改革と研究の国際化の二つの面から、日本文学の世界も変化を見せてきている。
大学改革の面では、学部・学科・コースなどの名称変更が相次ぎ、文学部文学科の日本文学コースといった従来通りのカリキュラムを掲げる大学が減少したことが挙げられる。日本文化、国際文化など、新しい名称によってカリキュラムを組み替えつつ、そのなかで日本文学の研究・教育を行うケースが増えてきている。特に国際文化コースなどのなかにアジア、もしくは日本文学が配置された場合には、そこでの研究・教育は国際的な文脈を意識したものとなるが、それは学問の国際化の流れともつながってくる。
欧米の地域研究の一部分としての日本学やアジア研究、韓国・中国・台湾など東アジアにおける日本研究と、日本の研究者との交流はかつてないほど広がってきている。
こうした流れは従来通りの日本文学コースにおいても例外ではない。むしろ、そうした国際的な視点から見たとき、「日本」とは、「日本語」とは、「文学」とは何なのか、あるいは何であったのか、ということを、先頭に立って追究していくのが、これからの日本文学、日本語学の役割になっていくだろう。
文学研究の最前線
日本の言葉や文学についての学問はきわめて長い歴史を持つが、1980年代以降、その方法論や研究対象は大きな変化を見せるようになってきた。
方法論の面では、伝統的な作家論や作品論という方法があり、高校までの国語教育も基本的にはその枠組みのなかで行われてきている。それに対し、作品を作者と切り離してテクストとして読もうとするテクスト論が流行した1980年代からは、フランスやアメリカから紹介されたさまざまな理論が日本文学研究の方法としても用いられるようになった。それ以降、男性中心主義を批判するフェミニズム批評からクィア批評やケア論、欧米の植民地主義や日本によるアジア各地への侵略の歴史を踏まえた読み直しをはかるポストコロニアル批評、サブカルチャーなどを政治的に読み解くカルチュラル・スタディーズ、自然や環境問題を文学の視点から考えるエコクリティシズムなど、新しい方法論や問題意識が次々と導入されるようになった。また、比較文学、歴史学、社会学、哲学、思想史、美術史、映画史、言語学、書誌学、メディア論など、隣接諸学の成果を踏まえた研究や、そうした専門の研究者との共同研究もなされるようになってきている。
研究対象も広がりを見せている。詩歌、物語、随筆、戯曲、漢詩・漢文、小説といった従来通りのものから、マンガ、アニメ、インターネット、ライトノベル、SNSといった現代のメディアに拡大し、さらに絵画、映像、音楽などとの関わりを考えるといった研究も盛んである。2011年3月の東日本大震災以降、震災とその影響について多くの作品が書かれ、「震災後文学」という新しいジャンルと、その研究が生まれた。2020年からのコロナ禍についても新しい文学が生まれつつあり、その研究も盛んになっていくだろう。
また、従来のように「日本」と「文学」の関係を自明視するのではなく、在日韓国・朝鮮人文学や外国出身者による日本語文学、旧植民地や旧満州における日本語文学、日本から海外へ出た移民による日本語文学なども研究されるようになってきた。日本のなかで独自の言語文化や歴史を持っているアイヌ文学や沖縄文学なども注目を集める分野である。
もちろん、こうした新しい動向とともに、古典から現代に至るオーソドックスな日本文学研究も健在である。対象によっては千年もの蓄積のある先行研究を踏まえつつ、新しい読みや解釈を考えていくのはスリリングな知的作業だ。作家の伝記的な調査や新資料の発掘なども、日本文学研究者の大切な仕事の一つだ。
方法論の面では、伝統的な作家論や作品論という方法があり、高校までの国語教育も基本的にはその枠組みのなかで行われてきている。それに対し、作品を作者と切り離してテクストとして読もうとするテクスト論が流行した1980年代からは、フランスやアメリカから紹介されたさまざまな理論が日本文学研究の方法としても用いられるようになった。それ以降、男性中心主義を批判するフェミニズム批評からクィア批評やケア論、欧米の植民地主義や日本によるアジア各地への侵略の歴史を踏まえた読み直しをはかるポストコロニアル批評、サブカルチャーなどを政治的に読み解くカルチュラル・スタディーズ、自然や環境問題を文学の視点から考えるエコクリティシズムなど、新しい方法論や問題意識が次々と導入されるようになった。また、比較文学、歴史学、社会学、哲学、思想史、美術史、映画史、言語学、書誌学、メディア論など、隣接諸学の成果を踏まえた研究や、そうした専門の研究者との共同研究もなされるようになってきている。
研究対象も広がりを見せている。詩歌、物語、随筆、戯曲、漢詩・漢文、小説といった従来通りのものから、マンガ、アニメ、インターネット、ライトノベル、SNSといった現代のメディアに拡大し、さらに絵画、映像、音楽などとの関わりを考えるといった研究も盛んである。2011年3月の東日本大震災以降、震災とその影響について多くの作品が書かれ、「震災後文学」という新しいジャンルと、その研究が生まれた。2020年からのコロナ禍についても新しい文学が生まれつつあり、その研究も盛んになっていくだろう。
また、従来のように「日本」と「文学」の関係を自明視するのではなく、在日韓国・朝鮮人文学や外国出身者による日本語文学、旧植民地や旧満州における日本語文学、日本から海外へ出た移民による日本語文学なども研究されるようになってきた。日本のなかで独自の言語文化や歴史を持っているアイヌ文学や沖縄文学なども注目を集める分野である。
もちろん、こうした新しい動向とともに、古典から現代に至るオーソドックスな日本文学研究も健在である。対象によっては千年もの蓄積のある先行研究を踏まえつつ、新しい読みや解釈を考えていくのはスリリングな知的作業だ。作家の伝記的な調査や新資料の発掘なども、日本文学研究者の大切な仕事の一つだ。
大学のカリキュラムと高校との違い
講義、研究(講読)、演習などの科目を受講し、最後に卒業論文を仕上げる、というのが一般的なカリキュラムである。高校までの国語の授業と近いところもあるが、大きな違いは二つある。一つは想定される「正解」を共有することを目的とする高校の授業とは違い、大学では何が正解なのかの探究、あるいはどんな問いを立てるべきかの考察が日々行われている点である。二つ目は、先生から教えてもらう高校の授業とは違い、大学では学生自身が主体的に考え、研究していくことが求められる点である。以下、早稲田大学文学部日本語日本文学コースを例に紹介してみよう。この学部では、1年次は各コースの基礎講義などを自由に選択履修し、2年次から希望のコースに所属し、専門科目を履修することになっている。入学時からコースに分かれている場合や、3年次からコースに分かれる場合など、大学や学部によって専門科目の履修開始年次は異なっている。
○講義
日本語学および日本文学に関する必須の知識を身につけるための科目である。まず研究方法の基礎・要点を学ぶ日本語学概論と日本文学概論があり、日本語学では日本文法や日本語史、日本文学では各時代の文学史を扱う講義や、文献学・書誌学に関わる科目、くずし字の読み方を習う科目などが用意されている。
○研究(講読)
日本語学では、具体的に研究対象が絞られ、専門的な内容が扱われる。日本文学でも、何らかの作品や作家などを取り上げ、丁寧な読解や検討が行われる。いずれも講義が中心だが、学生に対してさまざまな課題が与えられることも多い。
○演習
学生自身が主体的に調べ、読み、考えることが中心になる授業である。各回に担当者を決めて受講者自身が個人発表を行い、それに対する質疑応答や、先生からのコメントによって展開される。科目の性格上、受講者数が制限される。
○卒業論文
大学4年間の集大成となるものである。基礎的な講義から幅広く学び、そのなかで特に関心を持ったテーマについて、主体的に深く研究した成果を論文としてまとめるものだ。大学院に進む学生にとって重要なステップとなることはもちろんだが、一般企業などに就職する学生にとっても大きな意義がある。論文を書くためには、あるテーマについて仮説を立て、調査を行い、論証する、といった作業が必要になるわけだが、これは企業において新しい企画を立てたり、プレゼンテーションを行ったりするためのプロセスと基本的に同じなのだ。
○講義
日本語学および日本文学に関する必須の知識を身につけるための科目である。まず研究方法の基礎・要点を学ぶ日本語学概論と日本文学概論があり、日本語学では日本文法や日本語史、日本文学では各時代の文学史を扱う講義や、文献学・書誌学に関わる科目、くずし字の読み方を習う科目などが用意されている。
○研究(講読)
日本語学では、具体的に研究対象が絞られ、専門的な内容が扱われる。日本文学でも、何らかの作品や作家などを取り上げ、丁寧な読解や検討が行われる。いずれも講義が中心だが、学生に対してさまざまな課題が与えられることも多い。
○演習
学生自身が主体的に調べ、読み、考えることが中心になる授業である。各回に担当者を決めて受講者自身が個人発表を行い、それに対する質疑応答や、先生からのコメントによって展開される。科目の性格上、受講者数が制限される。
○卒業論文
大学4年間の集大成となるものである。基礎的な講義から幅広く学び、そのなかで特に関心を持ったテーマについて、主体的に深く研究した成果を論文としてまとめるものだ。大学院に進む学生にとって重要なステップとなることはもちろんだが、一般企業などに就職する学生にとっても大きな意義がある。論文を書くためには、あるテーマについて仮説を立て、調査を行い、論証する、といった作業が必要になるわけだが、これは企業において新しい企画を立てたり、プレゼンテーションを行ったりするためのプロセスと基本的に同じなのだ。
言葉に関わる仕事がしたい人に向いている学問
日本語学・日本文学を学んだ卒業生の進路は多岐にわたる。専門性を生かす進路としては、中学校・高校の国語科教諭、図書館司書、文学館の学芸員、出版社の編集者、予備校や塾の講師などが挙げられる。また、言葉に関わる仕事として、新聞記者、放送局のディレクターやアナウンサー、コピーライターなどがあり、作家、ライターなどの道に進む人や、短歌・俳句などの実作に取り組む人もいる。
公務員や一般企業に就職する場合も多いが、その場合も言葉のスキルや卒業論文の経験が生きることは前述の通りである。
さらに専門的な研究をするために大学院に進む人も多い。大学院は、通常、修士課程(博士前期課程)と博士後期課程に分かれており、それぞれ修士論文、博士論文を書いて修了することになる。修士修了で取得できる専修免許状を持って中学校・高校の国語科教諭になる人や、専門性を生かす仕事に就く人もいるし、さらに博士後期課程に進んで研究者を目指す人もいる。その場合は、大学・短大などの教員や、さまざまな研究機関の研究職が主な就職先となる。
本を読むのが好きな人、日本の文学や言葉に関心を持つ人には、ぜひ日本語学・日本文学を専攻し、言葉の世界の広がりと奥深さを探究してもらいたい。
公務員や一般企業に就職する場合も多いが、その場合も言葉のスキルや卒業論文の経験が生きることは前述の通りである。
さらに専門的な研究をするために大学院に進む人も多い。大学院は、通常、修士課程(博士前期課程)と博士後期課程に分かれており、それぞれ修士論文、博士論文を書いて修了することになる。修士修了で取得できる専修免許状を持って中学校・高校の国語科教諭になる人や、専門性を生かす仕事に就く人もいるし、さらに博士後期課程に進んで研究者を目指す人もいる。その場合は、大学・短大などの教員や、さまざまな研究機関の研究職が主な就職先となる。
本を読むのが好きな人、日本の文学や言葉に関心を持つ人には、ぜひ日本語学・日本文学を専攻し、言葉の世界の広がりと奥深さを探究してもらいたい。
