何を学ぶ
さまざまな現象の空間的側面に注目する学問。社会・経済のボーダレス化から、ポケモンGOを契機とした空間の個人化まで、現代社会を理解するために欠かせない総合科学である。

祖田 亮次(そだ りょうじ)先生
大阪公立大学/大学院文学研究科/教授
1970年、京都府生まれ。人類学、地形学、生態学等との協働を通じて、民族間関係や環境問題、災害現象等を対象に研究をしている。著書に『People on the Move』、編著に『ボルネオの〈里〉の環境学』『Anthropogenic Tropical Forests』。
地理学とは何か?
「地理学は何をするのか?」という問いに答えることは容易ではない。大学に入ったばかりの学生から、このような単刀直入の質問を受けることがあるが、私自身も回答に窮してしまう。その一方で、「地理学では何ができるのか?」という質問には、比較的容易に答えられる。安直だが「いろんなことができる」と答えたりしている。私が担当する1年生向けの講義では、「こんな研究もあれば、あんな研究もある」という説明をすることがある。その際、1年生にもわかりやすいと思われるのが、4年生の卒業論文テーマや、大学院生の研究テーマの紹介である。
下表の上部を見ていただきたい。これは、私の勤務先で過去10数年の間に提出された地理学関係の卒業論文のうち、いくつかを抜粋したものである(タイトルは一部改変)。私の所属する地理学コースでは人文地理学を中心に扱うので、地形や気候、植生等に関する研究(自然地理学)は少ないが、表の下の部分にいくつかの大学のホームページで公開されている卒業論文タイトルから、自然地理学的なテーマを抜粋して掲載している。
これを一目見るだけでも、地理学で扱うテーマが非常に多彩であることはわかってもらえるだろう。地理学についての予備知識のない方は、とりあえず「こんなテーマもありうるのか」というところから入ってもらうのでもよい。学術論文等の検索サイト(CiNiiやGoogle Scholarなど)で、「自分の関心事項 地理学」で検索すれば、なにかしらヒットするだろう。たとえば、CiNiiで「聖地巡礼 地理」と検索すると、学術論文や学会発表要旨等が約70件ヒットする(Google Scholarだと約1,800件)。「聖地 地理学」なら100件以上がヒットする(同約4,500件)。
「聖地巡礼」というのは本来、宗教的行為に関わる言葉だが、最近では映画やアニメ等のロケ地めぐりを意味することもある。多くの人にとっては単なる空間(殺風景なガード下であったり、なんの変哲もない階段であったり)が、別の人にとっては思い入れの強い意味のある場所になるかもしれず、突如として賑(にぎ)わいを見せることもある。そこでは、場合によっては地域活性化を実現できることもあるが、オーバーツーリズム(地域の受け入れキャパシティを超える観光客が押し寄せる現象)の問題が生じることもある。
空間や場所がどういう過程を経て、どのように認識されるのか、それらがいかに形成され、そして消費されていくのか、こうした実態を解明しつつ、空間や場所の意味を問い直すというのも、地理学的な考察となりうる。
下表の上部を見ていただきたい。これは、私の勤務先で過去10数年の間に提出された地理学関係の卒業論文のうち、いくつかを抜粋したものである(タイトルは一部改変)。私の所属する地理学コースでは人文地理学を中心に扱うので、地形や気候、植生等に関する研究(自然地理学)は少ないが、表の下の部分にいくつかの大学のホームページで公開されている卒業論文タイトルから、自然地理学的なテーマを抜粋して掲載している。
これを一目見るだけでも、地理学で扱うテーマが非常に多彩であることはわかってもらえるだろう。地理学についての予備知識のない方は、とりあえず「こんなテーマもありうるのか」というところから入ってもらうのでもよい。学術論文等の検索サイト(CiNiiやGoogle Scholarなど)で、「自分の関心事項 地理学」で検索すれば、なにかしらヒットするだろう。たとえば、CiNiiで「聖地巡礼 地理」と検索すると、学術論文や学会発表要旨等が約70件ヒットする(Google Scholarだと約1,800件)。「聖地 地理学」なら100件以上がヒットする(同約4,500件)。
「聖地巡礼」というのは本来、宗教的行為に関わる言葉だが、最近では映画やアニメ等のロケ地めぐりを意味することもある。多くの人にとっては単なる空間(殺風景なガード下であったり、なんの変哲もない階段であったり)が、別の人にとっては思い入れの強い意味のある場所になるかもしれず、突如として賑(にぎ)わいを見せることもある。そこでは、場合によっては地域活性化を実現できることもあるが、オーバーツーリズム(地域の受け入れキャパシティを超える観光客が押し寄せる現象)の問題が生じることもある。
空間や場所がどういう過程を経て、どのように認識されるのか、それらがいかに形成され、そして消費されていくのか、こうした実態を解明しつつ、空間や場所の意味を問い直すというのも、地理学的な考察となりうる。
地理学の性格と大学での位置
近代地理学の創始者とされるアレクサンダー・フォン・フンボルト(1769~1859年)は、地形、気候、植物、政治、社会など、多岐にわたるテーマに関して膨大な著作を残している。彼は、生態学や気象学、河川学等の基礎を築いた一人とも言われており、また、鉱山技師でもあった。一般には、博物学者として認識されることも多い。フンボルトは、多様な自然的・人文社会的な要素間のつながりや、各要素と全体との関係性を分析・考察することで、さまざまな自然現象を説明したり、特定地域の全体像を描き出したりすることができると考えていた。つまり、地理学はその成立当初から、自然や社会のあらゆる側面に目を向ける「総合の学問」であったといえる。
近代科学の創成期においては、このような多領域にまたがる研究者が少なからず存在したが、19世紀後半以降は、学問の専門化や細分化が進み、20世紀半ば以降は行き過ぎた細分化に懸念が示されるようになった。地理学内部においても、経済地理学や社会地理学、文化地理学、政治地理学など、○○地理学といった呼称がごく普通に使われるようになり、自然地理学も、地形学や気候学、水文学など、個別の現象に特化する傾向を見せた。
一方、20世紀後半には、各領域の深化が進むなかで、個人で「総合性」を獲得・維持するのはもはや困難だとしても、異分野間(あるいは異業種間)の協働を通じて、学問の総合性あるいは学際性を回復しようとする動きが見られるようになった。このような学際性が重視される今日、地理学が本来的に持っていた総合的な性格が見直されるようになっている。領域横断的な研究を行う地理学者のプレゼンス*1も高まってきており、異分野間の研究をつなぐリエゾン*2的な役割を取り戻しつつある。
さらに地理学の場合は、学問領域にとどまらず、さまざまな面で実践的な活動も行ってきた(応用地理学と呼ばれることもある)。たとえば、都市内部の貧困対策、過疎地の地域活性化、防災対策や被災者支援、熱帯地域の森林保全、SDGs教育の実践などである。現代社会における多様な課題・問題に対処するためには、行政やNGO/NPO、民間企業などと連携しつつ、学問的な知をいかに社会的に応用・活用できるかが重要になっている。地理学を学ぶ学生は、こうした学習・研究を通じて、社会的感覚や現場感覚を身につけることもできるだろう。
その一方で、地理学専攻を考える受験生にとっては少々厄介な事態も存在する。かつて、日本の地理学は文学部の史学系学科や理学部の地学系学科に属することが多かった。ところが、20世紀末から大学の学部・学科の再編が繰り返し行われるようになり、どの学部のどの学科に行けばどのような研究ができるのか、受験生にはわかりにくくなってしまった。特に地理学の場合は、多様な隣接分野との協働が可能で、実際にそのような研究・活動を行ってきたため、新学部や新学科の創設の際に地理学者が重宝されることも少なくない。結果として、何を行うのかよくわからない名称の学部・学科・講座等が乱立し、そうしたところに地理学の教員が所属するということも多くなった。受験生には、各学科や教員個人のホームページ情報等をどん欲に漁ってみることをお勧めしたい。
近代科学の創成期においては、このような多領域にまたがる研究者が少なからず存在したが、19世紀後半以降は、学問の専門化や細分化が進み、20世紀半ば以降は行き過ぎた細分化に懸念が示されるようになった。地理学内部においても、経済地理学や社会地理学、文化地理学、政治地理学など、○○地理学といった呼称がごく普通に使われるようになり、自然地理学も、地形学や気候学、水文学など、個別の現象に特化する傾向を見せた。
一方、20世紀後半には、各領域の深化が進むなかで、個人で「総合性」を獲得・維持するのはもはや困難だとしても、異分野間(あるいは異業種間)の協働を通じて、学問の総合性あるいは学際性を回復しようとする動きが見られるようになった。このような学際性が重視される今日、地理学が本来的に持っていた総合的な性格が見直されるようになっている。領域横断的な研究を行う地理学者のプレゼンス*1も高まってきており、異分野間の研究をつなぐリエゾン*2的な役割を取り戻しつつある。
さらに地理学の場合は、学問領域にとどまらず、さまざまな面で実践的な活動も行ってきた(応用地理学と呼ばれることもある)。たとえば、都市内部の貧困対策、過疎地の地域活性化、防災対策や被災者支援、熱帯地域の森林保全、SDGs教育の実践などである。現代社会における多様な課題・問題に対処するためには、行政やNGO/NPO、民間企業などと連携しつつ、学問的な知をいかに社会的に応用・活用できるかが重要になっている。地理学を学ぶ学生は、こうした学習・研究を通じて、社会的感覚や現場感覚を身につけることもできるだろう。
その一方で、地理学専攻を考える受験生にとっては少々厄介な事態も存在する。かつて、日本の地理学は文学部の史学系学科や理学部の地学系学科に属することが多かった。ところが、20世紀末から大学の学部・学科の再編が繰り返し行われるようになり、どの学部のどの学科に行けばどのような研究ができるのか、受験生にはわかりにくくなってしまった。特に地理学の場合は、多様な隣接分野との協働が可能で、実際にそのような研究・活動を行ってきたため、新学部や新学科の創設の際に地理学者が重宝されることも少なくない。結果として、何を行うのかよくわからない名称の学部・学科・講座等が乱立し、そうしたところに地理学の教員が所属するということも多くなった。受験生には、各学科や教員個人のホームページ情報等をどん欲に漁ってみることをお勧めしたい。
大学の地理学で何を学ぶのか
多くの地理学系の講座/教室では、フィールドワークとGIS(地理情報システム)を重視したカリキュラムを組んでいる。フィールドワークは地域学習のための半日~1日のまち歩きのほか、レポートや論文を書くために、一定の期間をかけての(あるいは何度か通いながらの)現地調査も実施される。現地の人びとに話を聞いて回ったり、役所や企業で資料を提供してもらったりしながら情報収集し、それらの分析・考察を通して、レポートや論文にまとめ上げていく。その過程においては、他者との交流を通じたコミュニケーション能力が養われ、一定の「現場感覚」を得ることもできるだろう。誰に当たれば有益な情報が得られそうか、どこに行けばおもしろい資料に出会えそうか、といった感覚は、大学卒業後の仕事にも生かすことができるかもしれない。
一方、GISに関しては、かつては高額ソフトであったので、有力な大学でないと触れることが難しかったが、近年はフリーソフトも利用できるようになり、操作性も向上しているので、多くの大学で実習や実験等の授業に取り入れられている。GISは単に地理的情報を地図化して、視覚的にわかりやすくするというだけではない。リモートセンシング*3の領域では、衛星やドローンから得られたデータを分析することで、たとえば草地植生や作物の生育状況を広域的に把握し、より効率的な土地利用・農業生産へつなげることも可能になる。あるいは、災害発生時においては、その被害状況の迅速な把握や、支援物資の効率的な配送ルートの検討、ライフライン復旧のための基礎情報の提供といった面でも重要な意味を持つ。このような空間解析の技術は学問と社会を結びつける契機にもなる。
上述したように、地理学でできることは多種多様であり、その入り方も多様であってよいだろう。まずは、いろいろなことに疑問を持ってもらいたい。普段使っている通学路を歩きながら、あるいは旅行先で雄大な自然景観を眺めながら、「この場所にこのようなモニュメントが設置されたのはいつ頃だろうか?」「あの場所だけ小高くなっているのはなぜだろうか?」「オフシーズンの観光地で人びとはどのような生活をしているのだろうか?」といった素朴な疑問でよい。そのようなちょっとした疑問への解答を調べたり、考えたりしていくうちに、地域の歴史や実情、あるいは課題や可能性が見えてくる場合もある。
もしくは、新聞やニュースを見ながら、「なぜこの場所で国境問題が発生しているのだろうか?」「この災害で特に被害が大きかったのはどういう場所なのか?」といった疑問でもよい。そうした疑問は、人間が空間や場所、地域、環境といったものをどのようにとらえ、利用してきたのかを考えるきっかけになるはずである。それらをより学問的に深めて考えてみたいという欲求が多少なりとも湧いてくれば、大学で地理学を専攻する適性は大いにあるといえる。
地理学は身近な疑問から入ってもよい。あるいは、グローバルな問題を考察することから始めるのでもよいし、地域課題に実践的に関わることを目指してそのヒントを探すのでもよいだろう。小難しい理論や枠組み、あるいは理念の学習は、大学に入学してから取り組むので構わないので、この学問領域の多彩で多様な世界に一度触れてみてもらいたい。
一方、GISに関しては、かつては高額ソフトであったので、有力な大学でないと触れることが難しかったが、近年はフリーソフトも利用できるようになり、操作性も向上しているので、多くの大学で実習や実験等の授業に取り入れられている。GISは単に地理的情報を地図化して、視覚的にわかりやすくするというだけではない。リモートセンシング*3の領域では、衛星やドローンから得られたデータを分析することで、たとえば草地植生や作物の生育状況を広域的に把握し、より効率的な土地利用・農業生産へつなげることも可能になる。あるいは、災害発生時においては、その被害状況の迅速な把握や、支援物資の効率的な配送ルートの検討、ライフライン復旧のための基礎情報の提供といった面でも重要な意味を持つ。このような空間解析の技術は学問と社会を結びつける契機にもなる。
上述したように、地理学でできることは多種多様であり、その入り方も多様であってよいだろう。まずは、いろいろなことに疑問を持ってもらいたい。普段使っている通学路を歩きながら、あるいは旅行先で雄大な自然景観を眺めながら、「この場所にこのようなモニュメントが設置されたのはいつ頃だろうか?」「あの場所だけ小高くなっているのはなぜだろうか?」「オフシーズンの観光地で人びとはどのような生活をしているのだろうか?」といった素朴な疑問でよい。そのようなちょっとした疑問への解答を調べたり、考えたりしていくうちに、地域の歴史や実情、あるいは課題や可能性が見えてくる場合もある。
もしくは、新聞やニュースを見ながら、「なぜこの場所で国境問題が発生しているのだろうか?」「この災害で特に被害が大きかったのはどういう場所なのか?」といった疑問でもよい。そうした疑問は、人間が空間や場所、地域、環境といったものをどのようにとらえ、利用してきたのかを考えるきっかけになるはずである。それらをより学問的に深めて考えてみたいという欲求が多少なりとも湧いてくれば、大学で地理学を専攻する適性は大いにあるといえる。
地理学は身近な疑問から入ってもよい。あるいは、グローバルな問題を考察することから始めるのでもよいし、地域課題に実践的に関わることを目指してそのヒントを探すのでもよいだろう。小難しい理論や枠組み、あるいは理念の学習は、大学に入学してから取り組むので構わないので、この学問領域の多彩で多様な世界に一度触れてみてもらいたい。
*1:影響力・存在感 *2:仲介・橋渡し・つなぎ *3:遠隔地から物体の形状や性質などを観測する技術


