何を学ぶ
過去の人びとは何を考え、どう行動したのか。政治・経済・社会・文化など、過去の出来事を明らかにして、その意味づけを行う。史料を正確かつ柔軟に解釈する力が求められる。

櫻井 智美(さくらい さとみ)先生
明治大学/文学部/教授
1971年、熊本県生まれ。京都大学大学院で博士学位を取得、2022年より現職。専攻はアジア史。特にモンゴル帝国史・中国史。著書に『元朝の歴史─モンゴル帝国期の東ユーラシア』(共編者)等がある。
日本の歴史学
2022年に開始されたロシアによるウクライナ侵攻、2023年から激化したイスラエルとハマスの対立など、世界では大規模な紛争が繰り返されている。地震や豪雨による災害も度々起きており、戦争や災害で故郷を離れて暮らす人びとも多い。そのなかで、今起こっている戦争の歴史的背景を探って平和的な解決策を模索し、また、災害に対して先人の知恵を用いた対応や備えをしようとする努力が続けられている。
一方で、人間は太古より自ら考え経験したことを絵や文字で記録してきた。われわれが何かの由来や過去を知ろうとするとき、その記録が重要な史料(歴史資料)となる。歴史学とは、そのような史料を用いて人間がたどってきた過去を明らかにし、その意味づけを行う学問であり、現実に起こる事象の内実を読み解く力を与える学問分野だと言える。
現在、一般に行われている歴史学は、19世紀のドイツでランケによって確立された。いわゆる「近代歴史学」である。その特徴は、実証主義に基づき史料批判を徹底的に行う点にある。宗教や政治の権威によって過去の出来事を曲解するのでなく、史料をその虚偽を含めて多角的に分析し、そこから、より確実性の高い歴史事実を導き出すのである。
日本に近代歴史学を伝えたのは、ランケの弟子のリースであった。1887年に帝国大学文科大学に史学科が設置され、リースによる歴史の授業が始まった。これが日本のその後の歴史教育・研究の発展を方向づけた。まず歴史教育について。リースの講義内容はほぼヨーロッパ史(西洋史)だったため、追って国史科が開設され、後に東洋史が加わり3学科となった。研究が進むと、国史の成果は「日本史」で、東洋史・西洋史の成果は「世界史」で学ぶという日本独自の体系が確立された。
次に歴史研究について。日本では江戸時代以来の国学(和学)・漢学の伝統があり、19世紀末の人びとも古文や漢文の素養を持っていた。また、国学・漢学は近代歴史学と同じく史料批判を重視したため、近代歴史学を取り入れる素地があった。そこにリースから科学的な分析を伴う実証主義を吸収したことで、日本の歴史学は、特に国史(日本史)・東洋史(アジア史)で、世界をリードする研究分野に成長していった。
その後、歴史学の対象は国内外の政治状況や世論を反映して変化した。20世紀の初め頃には、満洲・モンゴルや朝鮮の支配を円滑に進めるために、「満蒙史」や「満鮮史」などアジアを対象とする歴史研究が、民族学や文化人類学の研究とともに活発になった。
第二次世界大戦後においては、マルクス主義の影響を受けた唯物史観が流行した。それは、社会の動きが政治の変化を誘発し、歴史を発展させていくという考え方であり、発展の原動力となった農民の地位や生活、生産活動のあり方に注目する社会経済史が一世を風靡(ふうび)した。その流れで、社会史を重視するフランスのアナール学派や、経済活動を重視し、ヨーロッパの近代化が世界を一体化させたと定義する「世界システム論」なども生まれた。つまり、政治史から社会史・文化史へ研究の重心が移ったのである。
一方で、人間は太古より自ら考え経験したことを絵や文字で記録してきた。われわれが何かの由来や過去を知ろうとするとき、その記録が重要な史料(歴史資料)となる。歴史学とは、そのような史料を用いて人間がたどってきた過去を明らかにし、その意味づけを行う学問であり、現実に起こる事象の内実を読み解く力を与える学問分野だと言える。
現在、一般に行われている歴史学は、19世紀のドイツでランケによって確立された。いわゆる「近代歴史学」である。その特徴は、実証主義に基づき史料批判を徹底的に行う点にある。宗教や政治の権威によって過去の出来事を曲解するのでなく、史料をその虚偽を含めて多角的に分析し、そこから、より確実性の高い歴史事実を導き出すのである。
日本に近代歴史学を伝えたのは、ランケの弟子のリースであった。1887年に帝国大学文科大学に史学科が設置され、リースによる歴史の授業が始まった。これが日本のその後の歴史教育・研究の発展を方向づけた。まず歴史教育について。リースの講義内容はほぼヨーロッパ史(西洋史)だったため、追って国史科が開設され、後に東洋史が加わり3学科となった。研究が進むと、国史の成果は「日本史」で、東洋史・西洋史の成果は「世界史」で学ぶという日本独自の体系が確立された。
次に歴史研究について。日本では江戸時代以来の国学(和学)・漢学の伝統があり、19世紀末の人びとも古文や漢文の素養を持っていた。また、国学・漢学は近代歴史学と同じく史料批判を重視したため、近代歴史学を取り入れる素地があった。そこにリースから科学的な分析を伴う実証主義を吸収したことで、日本の歴史学は、特に国史(日本史)・東洋史(アジア史)で、世界をリードする研究分野に成長していった。
その後、歴史学の対象は国内外の政治状況や世論を反映して変化した。20世紀の初め頃には、満洲・モンゴルや朝鮮の支配を円滑に進めるために、「満蒙史」や「満鮮史」などアジアを対象とする歴史研究が、民族学や文化人類学の研究とともに活発になった。
第二次世界大戦後においては、マルクス主義の影響を受けた唯物史観が流行した。それは、社会の動きが政治の変化を誘発し、歴史を発展させていくという考え方であり、発展の原動力となった農民の地位や生活、生産活動のあり方に注目する社会経済史が一世を風靡(ふうび)した。その流れで、社会史を重視するフランスのアナール学派や、経済活動を重視し、ヨーロッパの近代化が世界を一体化させたと定義する「世界システム論」なども生まれた。つまり、政治史から社会史・文化史へ研究の重心が移ったのである。
歴史学の現状と新たな課題
ソビエト連邦が崩壊し、冷戦構造が終結した1990年代以降、社会経済史は一気に停滞し、歴史研究の方法や視角が多様化した。フィールドワークが一般的になり、歴史学以外の研究手法や成果を取り入れた、総合的な考察や学際的な研究が進んでいる。
また、地理学・気象学・生態学など、環境と密接に関わるような分野や、建築学・船舶工学などの技術分野との共同研究は、歴史研究の深化を促している。考古学では、数学や化学分野とのコラボも著しく進む。一方で、政治学・経済学・国際関係学とは、同じ近現代の事象を別角度からとらえているという意味で、相互補完的な役割を果たしている。
また、近年注目されるのが「グローバルヒストリー」という考え方である。一国史的な枠組みを脱し、人間の歴史を世界サイズで考えるのである。そこでは、従来扱われることが少なかった分野へも研究対象が広げられた。
たとえば、コロナ禍で活発化した疾病史や医療史の研究も、グローバルヒストリーの進展のなかにある。陸運・海運ルートが整備され、さらに、航空技術や航空機産業が発展したことによって、ローカルな感染症が瞬く間に世界中に広まるようになった。そのような因果関係を明らかにして、問題の解決法を考えるよりどころとするのである。
また、近年の国際情勢を反映して、イスラーム史(イスラーム学)やASEAN*各国史も注目されている。刻々と変化する中東情勢の背景に何があるのか、中東地域がたどってきた歴史を明らかにし、そこで生まれた宗教についても歴史的に研究する必要がある。
そして、歴史学を通して得られる歴史像や歴史的な評価は、いわゆる「歴史認識」につながる。われわれは個人個人で生きてきた境遇が異なり、その属する集団や国家も、ほかとは異なる歴史を経て今に至っている。個人にしても集団にしても、異なる主体が描く歴史像がそれぞれ異なるのは当たり前である。だから相互理解は不可能なのか、と言えばそうではない。個人や集団がそれぞれたどってきた歴史を客観的に学び研究することによって、他人がなぜ歴史上の出来事をそのように評価するのか、その背景を明確に理解することができるのである。
多文化共生や国際理解とは、相手の立場で考えることで初めて可能になる。真の共生において相手を思いやる考え方は、客観的な歴史理解の上で初めて可能になる。歴史学はその意味でも、きわめて実用的な学問だと言えるのだ。
近年、研究の学際化やグローバルヒストリーの進展にともなって、歴史学の材料となる史料も多様化してきている。文献史料や考古史料以外に、図像や映像・音声、建築、文化財なども有力な史料となっており、インタビューやフィールドワークの成果も歴史学に取り入れられている。また、それら史料のインターネット公開が進み、史料の利用環境は格段によくなっている。
また、地理学・気象学・生態学など、環境と密接に関わるような分野や、建築学・船舶工学などの技術分野との共同研究は、歴史研究の深化を促している。考古学では、数学や化学分野とのコラボも著しく進む。一方で、政治学・経済学・国際関係学とは、同じ近現代の事象を別角度からとらえているという意味で、相互補完的な役割を果たしている。
また、近年注目されるのが「グローバルヒストリー」という考え方である。一国史的な枠組みを脱し、人間の歴史を世界サイズで考えるのである。そこでは、従来扱われることが少なかった分野へも研究対象が広げられた。
たとえば、コロナ禍で活発化した疾病史や医療史の研究も、グローバルヒストリーの進展のなかにある。陸運・海運ルートが整備され、さらに、航空技術や航空機産業が発展したことによって、ローカルな感染症が瞬く間に世界中に広まるようになった。そのような因果関係を明らかにして、問題の解決法を考えるよりどころとするのである。
また、近年の国際情勢を反映して、イスラーム史(イスラーム学)やASEAN*各国史も注目されている。刻々と変化する中東情勢の背景に何があるのか、中東地域がたどってきた歴史を明らかにし、そこで生まれた宗教についても歴史的に研究する必要がある。
そして、歴史学を通して得られる歴史像や歴史的な評価は、いわゆる「歴史認識」につながる。われわれは個人個人で生きてきた境遇が異なり、その属する集団や国家も、ほかとは異なる歴史を経て今に至っている。個人にしても集団にしても、異なる主体が描く歴史像がそれぞれ異なるのは当たり前である。だから相互理解は不可能なのか、と言えばそうではない。個人や集団がそれぞれたどってきた歴史を客観的に学び研究することによって、他人がなぜ歴史上の出来事をそのように評価するのか、その背景を明確に理解することができるのである。
多文化共生や国際理解とは、相手の立場で考えることで初めて可能になる。真の共生において相手を思いやる考え方は、客観的な歴史理解の上で初めて可能になる。歴史学はその意味でも、きわめて実用的な学問だと言えるのだ。
近年、研究の学際化やグローバルヒストリーの進展にともなって、歴史学の材料となる史料も多様化してきている。文献史料や考古史料以外に、図像や映像・音声、建築、文化財なども有力な史料となっており、インタビューやフィールドワークの成果も歴史学に取り入れられている。また、それら史料のインターネット公開が進み、史料の利用環境は格段によくなっている。
大学における歴史学の学習と研究
大学における歴史学の学習・研究は、多様化した史料をどのように理解し活用するのかがカギとなる。高校の授業では、古来の人類の歴史が自身の暮らしとどうつながるかという視点から歴史にアプローチする。大学では、そこでの気づきを生かし、歴史の因果関係や歴史評価を史料の分析を通して行う。
大学での授業は大きく3種類に分けることができる。1つ目は、講義科目の「西洋史概論」「日本史概説」のように、基礎的な歴史の流れを学習するものである。「史学概論」のような、歴史学の方法論や史学史(歴史学の流れ)を学ぶ授業もこれに分類される。
2つ目は、教員の専門分野に従って、特定の時代・地域・分野に関する具体的な歴史状況について講義を聴き学習するものである。みなさんが学びたいテーマがすでに絞られている場合には、その時代や地域を専門とする教員がいるかどうかも大学・学部選びの一つの指標となるだろう。専門の教員がいれば、その分野に必要な図書やデータベースが充実している可能性も高い。
3つ目に、「演習」「講読」「実習」などの能動的な活動が求められる授業がある。校外活動以外に、学内の授業では、先人たちの研究成果をまとめてその問題点を明らかにしたり、文献史料から歴史事象をくみ取っていく訓練をしたりする。また、教員が用意した史料を全員で読んでいくこともあれば、学生が知りたいテーマを決めて、個人の研究・学習の成果を報告することもある。
大学での学びは、授業以外に読書や現地調査・留学など、個々の学びも重要である。それらを通して身につけた歴史研究の力を用いて、最後に卒業論文を作成する。卒業論文では、個人がそれぞれテーマを設定し、自らの力で史料を読み解いていく。多くの本を読み、多くの史跡や博物館などを訪れた経験は、卒業論文で何万字かに及ぶ文章をまとめていく際に基礎として生きてくる。そして、卒業論文を書くことによって、歴史的に分析・考察する能力に加え、論点を明確に示し、その論拠をわかりやすく提示する構成力・文章力も身につけられるのである。
卒業後、教員や学芸員、専門分野を担当する公務員など、直接歴史に関わる仕事を選択する学生も多い。だが、日々起こる出来事や直接触れることのない人びとの暮らしや考え方を理解する引き出しを増やせることこそ、歴史を学ぶことで得られる最大の収穫だと言えよう。
大学での授業は大きく3種類に分けることができる。1つ目は、講義科目の「西洋史概論」「日本史概説」のように、基礎的な歴史の流れを学習するものである。「史学概論」のような、歴史学の方法論や史学史(歴史学の流れ)を学ぶ授業もこれに分類される。
2つ目は、教員の専門分野に従って、特定の時代・地域・分野に関する具体的な歴史状況について講義を聴き学習するものである。みなさんが学びたいテーマがすでに絞られている場合には、その時代や地域を専門とする教員がいるかどうかも大学・学部選びの一つの指標となるだろう。専門の教員がいれば、その分野に必要な図書やデータベースが充実している可能性も高い。
3つ目に、「演習」「講読」「実習」などの能動的な活動が求められる授業がある。校外活動以外に、学内の授業では、先人たちの研究成果をまとめてその問題点を明らかにしたり、文献史料から歴史事象をくみ取っていく訓練をしたりする。また、教員が用意した史料を全員で読んでいくこともあれば、学生が知りたいテーマを決めて、個人の研究・学習の成果を報告することもある。
大学での学びは、授業以外に読書や現地調査・留学など、個々の学びも重要である。それらを通して身につけた歴史研究の力を用いて、最後に卒業論文を作成する。卒業論文では、個人がそれぞれテーマを設定し、自らの力で史料を読み解いていく。多くの本を読み、多くの史跡や博物館などを訪れた経験は、卒業論文で何万字かに及ぶ文章をまとめていく際に基礎として生きてくる。そして、卒業論文を書くことによって、歴史的に分析・考察する能力に加え、論点を明確に示し、その論拠をわかりやすく提示する構成力・文章力も身につけられるのである。
卒業後、教員や学芸員、専門分野を担当する公務員など、直接歴史に関わる仕事を選択する学生も多い。だが、日々起こる出来事や直接触れることのない人びとの暮らしや考え方を理解する引き出しを増やせることこそ、歴史を学ぶことで得られる最大の収穫だと言えよう。
*ASEAN…東南アジア諸国連合。

