何を学ぶ
文系理系という枠組みをとりはらい既成の学問分野を超えて、多角的な視点から物事を探究する学際的な「総合科学」を目指すことで、複雑化する世界の諸問題の解決に挑む。

青木 利夫(あおき としお)先生
広島大学/総合科学部/教授
1964年埼玉県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程後期退学。博士(社会学)。メキシコ大学院大学研究員。専門はメキシコ近現代史。著書に『20世紀メキシコにおける農村教育の社会史』。
総合科学を目指す研究と教育
世界はいろいろな魅力にあふれている。異なる言語、文化、歴史を持つ多様な人びとの生活や、それを取り巻く豊かな自然環境がその魅力の源泉だ。しかし、人類は自分たちの生活や自然を脅かす多くの問題をかかえてもいる。世界の魅力をより深く知るとともに、現代社会が直面する諸問題を解決するためには、幅広い知識と多角的な視点を備えた総合的知見と思考力が必要となる。
日本では、学問分野をいわゆる文系・理系と分けて考えることが多い。しかし、こうした分け方は、多様で複雑な世界の現象のとらえ方を狭めることになりかねない。社会が複雑化し、先を見通すことが難しい不確実な現代にあって、既存の学問を踏まえながらも、狭い学問領域の枠を超えて地球的な視点からものごとをとらえる「総合科学」の手法がますます必要とされているのである。
とはいえ、「総合科学」という体系化された学問分野があるわけではなく、総合科学を定義することは難しい。大学においても、総合科学分野というべき学部や学科では、総合のほか、国際、環境、人間、情報、政策、地域、社会などの名称が用いられることが多く、そこからもわかるように教育内容は大学ごとに異なっている。「総合科学部」という名称の学部をもっとも早い時期に設置したのは広島大学で、1974年のことであった。その後、大阪府立大学(現大阪公立大学)が1978年に、徳島大学が1986年に同名の学部を設置しているが、グローバル化や科学技術の発展などによる社会の激変とともに、学際的な研究や教育を志向する学部や学科は増えている。
日本では、学問分野をいわゆる文系・理系と分けて考えることが多い。しかし、こうした分け方は、多様で複雑な世界の現象のとらえ方を狭めることになりかねない。社会が複雑化し、先を見通すことが難しい不確実な現代にあって、既存の学問を踏まえながらも、狭い学問領域の枠を超えて地球的な視点からものごとをとらえる「総合科学」の手法がますます必要とされているのである。
とはいえ、「総合科学」という体系化された学問分野があるわけではなく、総合科学を定義することは難しい。大学においても、総合科学分野というべき学部や学科では、総合のほか、国際、環境、人間、情報、政策、地域、社会などの名称が用いられることが多く、そこからもわかるように教育内容は大学ごとに異なっている。「総合科学部」という名称の学部をもっとも早い時期に設置したのは広島大学で、1974年のことであった。その後、大阪府立大学(現大阪公立大学)が1978年に、徳島大学が1986年に同名の学部を設置しているが、グローバル化や科学技術の発展などによる社会の激変とともに、学際的な研究や教育を志向する学部や学科は増えている。
時代が求める総合科学
学際的な研究教育はなぜ必要となるのか、具体的な例を挙げて考えてみよう。2020年代から世界に拡大した新型コロナウイルスは、私たちの生活を混乱に陥れた。世界は日常を取り戻したが、感染症の世界的な拡大に対する不安は消えてはいない。
私たちは、感染症の拡大防止のため、国内外における移動や外出の自粛や制限が求められ、経済活動や文化活動は停滞し、仕事、娯楽、教育など日常生活全般に大きな変化を迫られた。そのなかで、さまざまな問題が浮かび上がってきた。たとえば、世界や日本国内に広がる貧富の格差が顕在化し、それがますます拡大していく。自由な移動や活動の制限は、人類の重要な価値である人権を侵害することにもつながりかねない。そしてなによりも、福祉、医療、介護などの分野における支援体制のひっ迫によって、命の危機にさらされることになる。私たちは、こうした難しい諸問題に直面し、将来を見通すことのできない不安な時代を生き抜くための新たな生活様式を模索し続けている。
ウイルス感染の問題を解決するためには、医学、薬学、生物学など生命科学に関連する分野が重要であることはいうまでもない。しかし、上のような問題に対応するためには、生命科学以外にも多くの知見が必要となるだろう。たとえば、検査や治療をすることのできる効果的な分子や機材を製造、開発するためには、化学、物理学、工学などの分野が必要となる。陽性者数を把握あるいは予測し、人間の外出行動を分析するためのデータ収集やその処理には、統計学や数学、情報学などの分野が力を発揮する。また、世界的な人の移動によりウイルスは簡単に国境を越えることから、感染症抑制のためには国際的な協力体制が不可欠であり、緊密な国際関係の構築が必要となる。ウイルスをより深く知るためには環境科学の知見が役立つであろうし、人類は歴史上、さまざまな感染症を経験してきたことから歴史学の研究から問題解決の手がかりを探ることもできるであろう。さらに、感染症が完全に収束しないなかで日常の生活を維持するとともに新たな生活様式を作り上げるためには、経済学、行政学、政治学、法学、社会学、心理学、教育学などの知見が必要となる。そして、感染症によって閉じられた国境を越えて新たな生き方や人とのつながりを模索するためには、哲学、倫理学、人類学、言語学、文学、美学、芸術学などがヒントを与えてくれるかもしれない。
世界では、これまでさまざまな学問分野において多くの研究成果が蓄積されてきたとともに、その過程で学問分野の細分化が進んだ。それは、ある事象をより深く探究することを可能とする一方、狭い範囲に関心が限定される研究の「たこつぼ化」といわれる状況を生みだした。個別の学問が高度に進化したとしても、それを個々ばらばらに寄せ集めるだけでは、危機を乗り越え新たな生活を構築するという目的を達成することは難しい。人類が蓄積してきた世界のさまざまな研究成果に学び、それをさらに発展させていくことはもちろん重要であるが、学際的、総合的、国際的な視点に立ってそれぞれの研究を有機的に結びつけることによって、人類のかかえる諸問題に立ち向かい新たな社会を築いていくための「総合知」を生み出すことが、いまの時代の教育研究に求められているのではないだろうか。
私たちは、感染症の拡大防止のため、国内外における移動や外出の自粛や制限が求められ、経済活動や文化活動は停滞し、仕事、娯楽、教育など日常生活全般に大きな変化を迫られた。そのなかで、さまざまな問題が浮かび上がってきた。たとえば、世界や日本国内に広がる貧富の格差が顕在化し、それがますます拡大していく。自由な移動や活動の制限は、人類の重要な価値である人権を侵害することにもつながりかねない。そしてなによりも、福祉、医療、介護などの分野における支援体制のひっ迫によって、命の危機にさらされることになる。私たちは、こうした難しい諸問題に直面し、将来を見通すことのできない不安な時代を生き抜くための新たな生活様式を模索し続けている。
ウイルス感染の問題を解決するためには、医学、薬学、生物学など生命科学に関連する分野が重要であることはいうまでもない。しかし、上のような問題に対応するためには、生命科学以外にも多くの知見が必要となるだろう。たとえば、検査や治療をすることのできる効果的な分子や機材を製造、開発するためには、化学、物理学、工学などの分野が必要となる。陽性者数を把握あるいは予測し、人間の外出行動を分析するためのデータ収集やその処理には、統計学や数学、情報学などの分野が力を発揮する。また、世界的な人の移動によりウイルスは簡単に国境を越えることから、感染症抑制のためには国際的な協力体制が不可欠であり、緊密な国際関係の構築が必要となる。ウイルスをより深く知るためには環境科学の知見が役立つであろうし、人類は歴史上、さまざまな感染症を経験してきたことから歴史学の研究から問題解決の手がかりを探ることもできるであろう。さらに、感染症が完全に収束しないなかで日常の生活を維持するとともに新たな生活様式を作り上げるためには、経済学、行政学、政治学、法学、社会学、心理学、教育学などの知見が必要となる。そして、感染症によって閉じられた国境を越えて新たな生き方や人とのつながりを模索するためには、哲学、倫理学、人類学、言語学、文学、美学、芸術学などがヒントを与えてくれるかもしれない。
世界では、これまでさまざまな学問分野において多くの研究成果が蓄積されてきたとともに、その過程で学問分野の細分化が進んだ。それは、ある事象をより深く探究することを可能とする一方、狭い範囲に関心が限定される研究の「たこつぼ化」といわれる状況を生みだした。個別の学問が高度に進化したとしても、それを個々ばらばらに寄せ集めるだけでは、危機を乗り越え新たな生活を構築するという目的を達成することは難しい。人類が蓄積してきた世界のさまざまな研究成果に学び、それをさらに発展させていくことはもちろん重要であるが、学際的、総合的、国際的な視点に立ってそれぞれの研究を有機的に結びつけることによって、人類のかかえる諸問題に立ち向かい新たな社会を築いていくための「総合知」を生み出すことが、いまの時代の教育研究に求められているのではないだろうか。
総合科学系学部で何を学ぶか
総合科学分野の学部や学科は、基本的にこうした学際性、総合性そして国際性への志向を持っているが、各大学のカリキュラムは多様である。そこで、一例として、国内随一のユニークな学部として誕生した広島大学総合科学部のカリキュラムを見てみよう。この学部は、「学際性、総合性、創造性」を基本理念とし、高度教養教育を重視する専門教育を通じて、学問分野の枠にとらわれない文理融合型の複数の分野にまたがる「総合科学」を実践するための能力を身につけることを目標としている。学生は、自分の問題関心から中心となる専門領域を深めるとともに、自由度の高い履修制度を利用して、文理を問わずさまざまな専門領域を学ぶことができる。こうした制度のもと、異文化への共感と理解、活発な学問的関心、自主性と自立性をはぐくみ、「深い思考と観察、独創的な実験、豊かな想像力」によって、新しい学問分野の創造を目指す知的活動を促している。
広島大学総合科学部は総合科学科と国際共創学科からなる。両学科とも、1年次に専門科目として「総合科学」とは何かを考える授業を必修科目としている。総合科学科では、2年次からは、人間探究領域、社会探究領域、自然探究領域の3領域それぞれのなかに4つずつある授業科目群のいずれかを中心に、自分が特に深めたい研究分野を専門に学ぶと同時に、他授業科目群の授業を履修することが必須となっている。国際共創学科では、多くの授業が英語で行われており、2年次には海外留学することが必修となっている。また、日本語が母語ではない学生も多く、そうした学生には日本語を学習する授業も用意されている。2年次からは、「文化と観光」、「平和とコミュニケーション」、「環境と社会」という3つの視点のいずれかを中心として学習するよう授業が組まれている。総合科学部の学生は、いずれの学科の授業も履修することが可能であり、また、同じ内容の授業を英語と日本語で行う共通科目も開講されている。(下図「広島大学総合科学部の概念」参照)
総合科学分野の学部では、人文社会科学に関連する授業科目を中心にカリキュラムが作られている大学も多いが、広島大学総合科学部の大きな特徴は、人文社会科学と自然科学の分野の授業科目がバランスよく配置されているところにある。文献資料や社会調査、フィールドワークに基づく教育研究はもちろんのこと、他学部にはない最先端の高精度実験機器や病態モデル動物を用いて、教員、大学院生、学部生がともに日々研究に取り組んでいる。入学試験は文系と理系とに分かれて実施されるが、いずれの学科も入学後は、文理の枠を超えてさまざまな学問分野を学びながら、自分の専門を深めることができるようなカリキュラムとなっているのである。取得可能な資格としては、地歴、公民、数学、理科、英語の高校教諭一種(総合科学科のみ)、学芸員、社会調査士がある。
広島大学総合科学部は総合科学科と国際共創学科からなる。両学科とも、1年次に専門科目として「総合科学」とは何かを考える授業を必修科目としている。総合科学科では、2年次からは、人間探究領域、社会探究領域、自然探究領域の3領域それぞれのなかに4つずつある授業科目群のいずれかを中心に、自分が特に深めたい研究分野を専門に学ぶと同時に、他授業科目群の授業を履修することが必須となっている。国際共創学科では、多くの授業が英語で行われており、2年次には海外留学することが必修となっている。また、日本語が母語ではない学生も多く、そうした学生には日本語を学習する授業も用意されている。2年次からは、「文化と観光」、「平和とコミュニケーション」、「環境と社会」という3つの視点のいずれかを中心として学習するよう授業が組まれている。総合科学部の学生は、いずれの学科の授業も履修することが可能であり、また、同じ内容の授業を英語と日本語で行う共通科目も開講されている。(下図「広島大学総合科学部の概念」参照)
総合科学分野の学部では、人文社会科学に関連する授業科目を中心にカリキュラムが作られている大学も多いが、広島大学総合科学部の大きな特徴は、人文社会科学と自然科学の分野の授業科目がバランスよく配置されているところにある。文献資料や社会調査、フィールドワークに基づく教育研究はもちろんのこと、他学部にはない最先端の高精度実験機器や病態モデル動物を用いて、教員、大学院生、学部生がともに日々研究に取り組んでいる。入学試験は文系と理系とに分かれて実施されるが、いずれの学科も入学後は、文理の枠を超えてさまざまな学問分野を学びながら、自分の専門を深めることができるようなカリキュラムとなっているのである。取得可能な資格としては、地歴、公民、数学、理科、英語の高校教諭一種(総合科学科のみ)、学芸員、社会調査士がある。
卒業後の進路
総合科学分野の学部の多くは、さまざまな学問分野にかかわる授業科目を提供し、新たな知を創造し、グローバル社会で活躍する人を養成することを目標としている。そのため、社会の諸問題に広く関心を持ち、文理を問わずいろいろな学問分野に興味のある好奇心旺盛な学生を求めている。現代社会においては、多くの職業において広い視野に立った問題発見・解決能力と思考力、高いコミュニケーション能力が求められるが、総合科学分野の学部で幅広い学問分野を学びこうした能力を身につけた学生は、公務員、営業職、事務職、教員、マスコミ、国際機関職員、研究開発職、技術職などあらゆる職業に就くことが可能だろう。また、大学院に進学して研究職や大学教員を目指すなど、多様な進路が広がっている。

