何を学ぶ
私たちの社会は、あらゆるものが法に基づいて成り立っている。取引、家族、労働、環境……。法学は、私たちの社会をよりよくするためのルールを探求する場である。

遠藤 研一郎(えんどう けんいちろう)先生
中央大学/法学部長/教授
1971年生まれ。埼玉県所沢市出身。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。獨協大学法学部助教授、中央大学法学部教授などを経て、2023年11月より法学部長。専門分野は民事法学。
「法学」の歴史と「法」という存在
法は、たとえば、ウル・ナンム法典(古代メソポタミア)やハンムラビ法典(古代バビロニア)に見られるように、古代社会の時代から絶えず存在する。また、法をめぐる学問は、古代ローマに発祥し、さまざまな思想を取り込みつつ発展してきたという歴史があるし、法学部という研究・教育機関も、医学部、神学部と並び、もっとも古くからあるものの一つとして位置づけられる。そのような意味において、法学部での法学教育は、非常に伝統的な側面を持っている。
しかし、同時に法学は、それほど堅苦しいものでもない。「社会あるところに法あり」と言われるくらいであるから、法は社会と常に密着している。そもそも、私たちが日常生活を営む上で、法と全く接しないこと自体考えにくい。道を歩くだけでも道路交通に関する法に従わなければならないし、レストランで食事をした時にお金を払う必要があるのも法に根拠が求められる。法は、常に私たちの傍らにある。
しかし、同時に法学は、それほど堅苦しいものでもない。「社会あるところに法あり」と言われるくらいであるから、法は社会と常に密着している。そもそも、私たちが日常生活を営む上で、法と全く接しないこと自体考えにくい。道を歩くだけでも道路交通に関する法に従わなければならないし、レストランで食事をした時にお金を払う必要があるのも法に根拠が求められる。法は、常に私たちの傍らにある。
法の体系
そもそも、法学の対象となっている「法」には、どのようなものがあるのだろうか。日本では通常、法は、文字や文章で表現され、所定の手続に従って定められることとなっている(制定法主義)。そして、日本では、国家が定める法の体系として、「憲法」を頂点とし、国会の制定する「法律」、行政機関の定める「命令」、各種の国家機関が定める「規則」という上下系列となっていること、それ以外に、地方自治体が制定する「条例」などもあることなどは、すでに高校の授業で学習しただろう。
法学部では、そのような法の具体的な内容について深く研究をする。もちろん、全ての法を学修するわけではない。たとえば「法律」だけとっても、その数はおよそ2,000程度にのぼる。そのなかで、おそらくどの大学の法学部に入学しても、ひとまず中心的に学ぶ法律が、わが国の最高法規である「憲法」に、「民法」「刑法」「商法」「民事訴訟法」「刑事訴訟法」という5つの法律を加えた、いわゆる「六法」科目であろう(それに「行政法」が加わり「基本七法」と位置づける場合もある)。日本におけるもっとも根幹をなす法である。
そして、高学年次(特に3~4年次)に進むにつれて徐々に、目的や問題に応じた法体系に従って、労働法、消費者法、金融法、知的財産法、税法、環境法、教育法など、自分の関心に則して、学修の専門領域を適宜選択していくというのがオーソドックスな法学部の履修形態といえる。
法学部では、そのような法の具体的な内容について深く研究をする。もちろん、全ての法を学修するわけではない。たとえば「法律」だけとっても、その数はおよそ2,000程度にのぼる。そのなかで、おそらくどの大学の法学部に入学しても、ひとまず中心的に学ぶ法律が、わが国の最高法規である「憲法」に、「民法」「刑法」「商法」「民事訴訟法」「刑事訴訟法」という5つの法律を加えた、いわゆる「六法」科目であろう(それに「行政法」が加わり「基本七法」と位置づける場合もある)。日本におけるもっとも根幹をなす法である。
そして、高学年次(特に3~4年次)に進むにつれて徐々に、目的や問題に応じた法体系に従って、労働法、消費者法、金融法、知的財産法、税法、環境法、教育法など、自分の関心に則して、学修の専門領域を適宜選択していくというのがオーソドックスな法学部の履修形態といえる。
伝統的な法学部教育としての「法の解釈」
ところで、高校へ模擬講義(出張講義)などに行くと、高校生から「法学部では、法律の条文を丸暗記すると聞いたのですけれど、本当ですか?」という質問をよく受ける。答えは、No!である。たしかに、個別の法律の内容をある程度頭に入れる必要はあるが、法学部生が条文を必死に暗記している姿はほとんど見かけない。では、法学部における学修の中身はどのようなものだろうか。
まず、日本の伝統的な法学教育の中心は、「解釈論」である。法の条文は、抽象的に書かれている場合が多い。それは、その一つの条文で、多くの事件を処理するためである。その反面、解釈の必要性が生まれる。
たとえば、刑法246条1項によると「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。」とある。では、ここでいう「人を欺いて」とは何を指すだろうか。スーパーで受け取ったお釣りが多かったのを気づいたのに、そのまま受け取ったら、それは「欺いて」といえるだろうか。ネット・オークションで、実物よりもよい情報を流して商品を出品した場合はどうだろうか。どちらも、条文に答えがあるわけではなく、「欺く」という言葉の解釈次第ということになる。過去にあった事件のなかで裁判所はどのように判断したのか、学説上でどのような見解があるのか。法学部生は、このようなことを丹念に分析していく。
まず、日本の伝統的な法学教育の中心は、「解釈論」である。法の条文は、抽象的に書かれている場合が多い。それは、その一つの条文で、多くの事件を処理するためである。その反面、解釈の必要性が生まれる。
たとえば、刑法246条1項によると「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。」とある。では、ここでいう「人を欺いて」とは何を指すだろうか。スーパーで受け取ったお釣りが多かったのを気づいたのに、そのまま受け取ったら、それは「欺いて」といえるだろうか。ネット・オークションで、実物よりもよい情報を流して商品を出品した場合はどうだろうか。どちらも、条文に答えがあるわけではなく、「欺く」という言葉の解釈次第ということになる。過去にあった事件のなかで裁判所はどのように判断したのか、学説上でどのような見解があるのか。法学部生は、このようなことを丹念に分析していく。
「立法論」「政策論」への展開
他方、解釈論だけではなく、「立法論」も法学部での学修の対象となる。法の内容は固定しているわけではなく、常にダイナミズムを持っている。
たとえば近時、相続に関するルール(民法)が改正され、夫婦の一方が死亡した場合、残された配偶者はほかに相続人がいても今まで夫婦で一緒に住んでいた建物に住み続けることができる権利が作られた。残された配偶者の生活を守るためである。
また、児童虐待という社会問題に対応して「児童虐待の防止等に関する法律」が制定されたり(2000年)、いじめを原因とする子どもの自殺が問題視されるなかで「いじめ防止対策推進法」が制定されたりしている(2013年)。「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の制定(2003年)、「公職選挙法」等の一部改正(選挙権年齢を18歳に引き下げることを内容とした改正。2015年。また、それと連動して、民法上の成年年齢も18歳に引き下げ。2018年)、「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」の制定(2022年)、離婚後の共同親権制度導入のための民法改正(2024年)など、常に、法律が制定されたり、改正されたり、廃止されたりしている。
すなわち、時代の流れによって、「あるべき法」の姿も変わるのだ。そうだとすれば、法学部で学ぶ学生も、「現在、どのような法律になっているのか」だけではなく、「これからの社会のために、どのような法律であるべきなのか」も考えなければならない。法学は、歴史を尊重するとともに、未来志向の学問でもある。
たとえば近時、相続に関するルール(民法)が改正され、夫婦の一方が死亡した場合、残された配偶者はほかに相続人がいても今まで夫婦で一緒に住んでいた建物に住み続けることができる権利が作られた。残された配偶者の生活を守るためである。
また、児童虐待という社会問題に対応して「児童虐待の防止等に関する法律」が制定されたり(2000年)、いじめを原因とする子どもの自殺が問題視されるなかで「いじめ防止対策推進法」が制定されたりしている(2013年)。「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の制定(2003年)、「公職選挙法」等の一部改正(選挙権年齢を18歳に引き下げることを内容とした改正。2015年。また、それと連動して、民法上の成年年齢も18歳に引き下げ。2018年)、「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」の制定(2022年)、離婚後の共同親権制度導入のための民法改正(2024年)など、常に、法律が制定されたり、改正されたり、廃止されたりしている。
すなわち、時代の流れによって、「あるべき法」の姿も変わるのだ。そうだとすれば、法学部で学ぶ学生も、「現在、どのような法律になっているのか」だけではなく、「これからの社会のために、どのような法律であるべきなのか」も考えなければならない。法学は、歴史を尊重するとともに、未来志向の学問でもある。
権利・利益の衝突と衡量
さて、私たちの社会のなかでは時として、権利・利益同士が衝突する場面がある。
たとえば、「Aという人物が、夜中に路上で恋人とキスをしていたという記事が、ある週刊誌に載った」という場面を想定してもらいたい。ここでは、出版社が自由な内容の記事を掲載する権利(その延長線上に、われわれがAさんについて知ることができる権利)と、Aさんのプライバシーという権利が衝突している。
では、そのどちらが守られるのだろうか。法学部生は、過去の事件などを参考にしながら、自分自身でそれを評価する。その答えは一つではなく、個々人の価値観で分かれる。それだけ、「他者をどのように説得するのか」ということが非常に重要となる。また、その評価は、決して単純ではない。たとえば、この事例において、記事が実は誤報であった場合はどうだろうか。Aさんが、一般人なのか、芸能人なのか、野球選手なのか、政治家なのかによって、基準は違うだろうか。場面を分けて、精緻な分析を行う。このような価値の衡量(こうりょう)は難しいが、法学という学問の醍醐味の一つでもある。
たとえば、「Aという人物が、夜中に路上で恋人とキスをしていたという記事が、ある週刊誌に載った」という場面を想定してもらいたい。ここでは、出版社が自由な内容の記事を掲載する権利(その延長線上に、われわれがAさんについて知ることができる権利)と、Aさんのプライバシーという権利が衝突している。
では、そのどちらが守られるのだろうか。法学部生は、過去の事件などを参考にしながら、自分自身でそれを評価する。その答えは一つではなく、個々人の価値観で分かれる。それだけ、「他者をどのように説得するのか」ということが非常に重要となる。また、その評価は、決して単純ではない。たとえば、この事例において、記事が実は誤報であった場合はどうだろうか。Aさんが、一般人なのか、芸能人なのか、野球選手なのか、政治家なのかによって、基準は違うだろうか。場面を分けて、精緻な分析を行う。このような価値の衡量(こうりょう)は難しいが、法学という学問の醍醐味の一つでもある。
法の国際化
なお、法学部での学修は、国内に関するものにとどまらない。国際社会が進展するなかで、国際問題に対応するルールの必要性は増すばかりであり、また、そのような国際的素養を持った人材を育成することも、法学部の目的の一つである。
たとえば、国際結婚をし、子どもも生まれた夫婦が、その後に離婚をする際に、夫婦の一方が無断で自国に子どもを連れて帰ってしまった場合、どのように取り扱われるのだろうか。まさに、国際的な問題であり、日本人も訴えたり、訴えられたりする。ちなみに、そのためのルールは、「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」(いわゆる、ハーグ条約)などに定められている。これも法学部での学びの内容となる。
それ以外にも、たとえば、オゾン層の保護、生物多様性の確保、森林の砂漠化や海洋汚染への対応などは、全地球規模で取り組まなければならない環境問題であり、そのためのルール作りが急務である。特定の国で見られる女性への看過し得ない不当な差別や性的暴行は、国内問題としてのみ処理されるのではなく、人権問題として国際的な働きかけが必要な可能性がある。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発表した資料によれば、紛争や迫害により避難を余儀なくされている難民や国内避難民などは、世界において約1億2000万人(2024年5月時点)であり、毎年増え続けている。また、国際的な取引がますます活発化するなかで、各国の取引法の違いが貿易の障壁にならないために、アジアや全世界に共通の取引ルールが考えられなければならないかもしれない。このように、世界的に取り組まなければならない法的問題は山ほどある。
たとえば、国際結婚をし、子どもも生まれた夫婦が、その後に離婚をする際に、夫婦の一方が無断で自国に子どもを連れて帰ってしまった場合、どのように取り扱われるのだろうか。まさに、国際的な問題であり、日本人も訴えたり、訴えられたりする。ちなみに、そのためのルールは、「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」(いわゆる、ハーグ条約)などに定められている。これも法学部での学びの内容となる。
それ以外にも、たとえば、オゾン層の保護、生物多様性の確保、森林の砂漠化や海洋汚染への対応などは、全地球規模で取り組まなければならない環境問題であり、そのためのルール作りが急務である。特定の国で見られる女性への看過し得ない不当な差別や性的暴行は、国内問題としてのみ処理されるのではなく、人権問題として国際的な働きかけが必要な可能性がある。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発表した資料によれば、紛争や迫害により避難を余儀なくされている難民や国内避難民などは、世界において約1億2000万人(2024年5月時点)であり、毎年増え続けている。また、国際的な取引がますます活発化するなかで、各国の取引法の違いが貿易の障壁にならないために、アジアや全世界に共通の取引ルールが考えられなければならないかもしれない。このように、世界的に取り組まなければならない法的問題は山ほどある。
法学とほかの学問領域との関係
では、法学と、ほかの学問領域との関係はどうだろうか。法学は、社会科学のなかでも、特に「政治学」や「経済学」との距離が近い。たとえば「太り過ぎの人を減少させるために、高脂肪食品であるフライドポテトなどの食品に、課税を行う」というルールがあったとしよう。皆さんは、その課税に賛成だろうか。これは、高脂肪食品から得られる人びとの楽しみをどれくらい保護すべきなのかという問題であり、また、政府が人びとの食生活に関する判断に介入する正当性はどこにあるのかという問題でもある。また、課税による価格の上昇に対して消費量がどのように反応するかという問題でもあり、脂肪の消費と医療費支出の増加の相関関係はどれほどあるのかという問題でもある。すなわち、法学的であり、政治学的であり、経済学的な問題といえよう。そのような意味から、法学部の履修科目のなかに、経済学系や政治学系の科目を多く置く大学もある。
「企業(会社)」という切り口から社会問題を見た場合、「経営学」や「会計学」との連結も見過ごすことができない。たとえば、会社の決算の偽装を考えてもらいたい。これは、企業の統治(コーポレート・ガバナンス)の問題であり、経営上のリスク・マネージメントの問題でもあり、会計処理の問題でもある。そのようななかで、法学部生が、経営学や会計学も含めて企業の仕組みを総合的に研究するということなども考えられる。
さらに、それ以外の分野とも、さまざまな接合が見られる。医学と隣接した「法医学」という学問領域もあるし、知的財産法の分野は理工系分野との距離が近い。子どもの心理や犯罪心理学など、心理学との接合性も強い。
「企業(会社)」という切り口から社会問題を見た場合、「経営学」や「会計学」との連結も見過ごすことができない。たとえば、会社の決算の偽装を考えてもらいたい。これは、企業の統治(コーポレート・ガバナンス)の問題であり、経営上のリスク・マネージメントの問題でもあり、会計処理の問題でもある。そのようななかで、法学部生が、経営学や会計学も含めて企業の仕組みを総合的に研究するということなども考えられる。
さらに、それ以外の分野とも、さまざまな接合が見られる。医学と隣接した「法医学」という学問領域もあるし、知的財産法の分野は理工系分野との距離が近い。子どもの心理や犯罪心理学など、心理学との接合性も強い。
WHY NOT 法学部?
以上、大変大雑把(おおざっぱ)であるが、法学部での学びの一端を紹介したつもりである。進路選択の一助にしてもらえれば、幸いである。
私たちの住んでいる社会は、決してユートピアではない。多くの問題を抱え、利害が対立する。しかし、明日がやってくる以上、その問題から目を背けるわけにはいかない。社会問題に関心を持ち、その問題解決のために法が果たし得る役割は何なのかを考え続けるのが、法学部生である。たしかに、法は、万能ではないし、「悪法」や「ざる法(抜け穴だらけで機能しない法)」も少なくない。しかし、私たちの行動の多くは、法によって律せられているのも事実である。そのような意味において、法は、社会を変える力を秘めている。これからの社会をもっとよくしたいと真剣に考える受験生が、一人でも多く法学部を受験してくれることを期待している。
私たちの住んでいる社会は、決してユートピアではない。多くの問題を抱え、利害が対立する。しかし、明日がやってくる以上、その問題から目を背けるわけにはいかない。社会問題に関心を持ち、その問題解決のために法が果たし得る役割は何なのかを考え続けるのが、法学部生である。たしかに、法は、万能ではないし、「悪法」や「ざる法(抜け穴だらけで機能しない法)」も少なくない。しかし、私たちの行動の多くは、法によって律せられているのも事実である。そのような意味において、法は、社会を変える力を秘めている。これからの社会をもっとよくしたいと真剣に考える受験生が、一人でも多く法学部を受験してくれることを期待している。
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