何を学ぶ
温暖化など地球規模の問題から、獣害など地域レベルの問題に至るまで、環境危機の克服をめざす最重要の研究分野。人間と地球の健康を守るスペシャリストの育成が急がれる。

関 陽子(せき ようこ)先生
長崎大学/環境科学部/教授
1979年東京都出身。東京農工大学大学院修了。農学博士。東洋大学研究員などを経て現職。環境哲学・環境倫理学。近著に『環境と資源・エネルギーの哲学』丸善出版2024年(共著)。趣味はフラメンコ。
歴史と将来
地球温暖化から戦争に至るまで、私たちの世界はいま未曾有の危機にさらされている。2024年に日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞したが、それは私たちが人類史上もっとも深刻な危険に直面していることを示すできごとでもあった。環境破壊は人間を苦しめ、人間の苦しみは争いを招き、争いは「核の使用」という究極のタブーを揺るがしながら、人間と自然の殲滅(せんめつ)さえ正当化するからである。すでに2024年の世界の平均気温は、産業革命前の平均気温よりも1.6度近く高くなり、気候変動対策の目標値である「1.5度」の水準を初めて上回った。地球温暖化に起因する干ばつや洪水などの自然災害、食糧難や貧困、感染症などは、社会的・生物的弱者を中心にいっそうの困難と打撃を与える。私たちが抱えているこうした「環境問題」とは、核使用が懸念されるような世界情勢も背景に、もはや躊躇が許されないまったなしの「環境危機」へ至っている。環境危機は未来にわたる人間存在の基盤を崩壊させる危機であり、それがもたらす混乱や暴動が、戦争という暴力をも招きうる。そして戦争はいうまでもなく、人間を含む全ての生命と環境への最大の脅威であり、暴力の緊張が高まれば、環境危機への対応そのものが後回しにされてしまう悪循環にも陥る。
恒久平和は政治的領域に限られた課題ではなく、人類が協力して立ち向かうべき環境課題でもある。つまり現代の環境科学は、「環境危機の克服」と「恒久平和の実現」を同じ課題群として引き受けている最重要の研究分野なのである。そして、確かにこれまで、「気候変動枠組条約」や「パリ協定」などの国際的な取り決めや、2015年の国連サミットで採択された「SDGs」という国際目標によって、環境問題についての人びとの認識は格段に向上し、先進国と途上国、国や企業、個人などの垣根を越えた協力も実現されてきた。しかしながら、こうした努力の一方で、電力エネルギーの消費量は依然として増加傾向にあり、海洋汚染や生物多様性の喪失など、環境問題の深刻化に歯止めがかからない。これはひとえに、環境危機への対応が追いついていないことを示している。
ただし、環境問題の「深刻さの認識」そのものは、環境科学が明らかにしてきた事実や指摘を通じて深まってきたという側面もある。環境危機は今を生きる私たちにとっての脅威であるばかりでなく、数万、数十万年先の未来の人類や地球にとっての脅威(未来方向の問題)でもある。未来はほとんど予測不可能で不確実であっても、現在の私たちの選択と行動が、将来にわたってどのような影響を及ぼすかを予測し、私たちが何を為すべきかを問い続けてきたのが環境科学である。環境科学は、決してたんに人間の「豊かな生活を維持する」ために行う研究活動ではなく、ずっと先の未来を想像しながら、人間存在の基盤を守り、生命の存続と地球の健康、平和の実現のために、学問と人材育成の責任や使命を担っている研究分野なのである。
恒久平和は政治的領域に限られた課題ではなく、人類が協力して立ち向かうべき環境課題でもある。つまり現代の環境科学は、「環境危機の克服」と「恒久平和の実現」を同じ課題群として引き受けている最重要の研究分野なのである。そして、確かにこれまで、「気候変動枠組条約」や「パリ協定」などの国際的な取り決めや、2015年の国連サミットで採択された「SDGs」という国際目標によって、環境問題についての人びとの認識は格段に向上し、先進国と途上国、国や企業、個人などの垣根を越えた協力も実現されてきた。しかしながら、こうした努力の一方で、電力エネルギーの消費量は依然として増加傾向にあり、海洋汚染や生物多様性の喪失など、環境問題の深刻化に歯止めがかからない。これはひとえに、環境危機への対応が追いついていないことを示している。
ただし、環境問題の「深刻さの認識」そのものは、環境科学が明らかにしてきた事実や指摘を通じて深まってきたという側面もある。環境危機は今を生きる私たちにとっての脅威であるばかりでなく、数万、数十万年先の未来の人類や地球にとっての脅威(未来方向の問題)でもある。未来はほとんど予測不可能で不確実であっても、現在の私たちの選択と行動が、将来にわたってどのような影響を及ぼすかを予測し、私たちが何を為すべきかを問い続けてきたのが環境科学である。環境科学は、決してたんに人間の「豊かな生活を維持する」ために行う研究活動ではなく、ずっと先の未来を想像しながら、人間存在の基盤を守り、生命の存続と地球の健康、平和の実現のために、学問と人材育成の責任や使命を担っている研究分野なのである。
学問の現状と課題
「環境(environment:英/Umwelt:独)」の言語的意味は「自分をとりかこむ世界」であるが、環境科学が研究対象とする「環境」とは、水や大気、地盤、生物や生態系などから成る「自然環境」や、自分たちが暮らす町や地域などの「生活環境」、産業システムや法制度などの「社会的環境」、価値観や宗教などの「文化的環境」など多岐にわたる。つまり環境科学は、さまざまな環境についての多様な学術研究を総合した研究分野である。換言すれば、自然環境の諸事実を明らかにするのみでは、環境問題の複雑な全体像は掴めないということでもある。環境危機という現象は、政治や経済、人間の価値観や心理、歴史など複雑な要因が絡んで生じているために、環境科学は自然科学のみで成り立っているわけではないことに注意しなければならない。ただし全ての分野の「環境」に共通していることは、それが人間の〈生存〉や〈生活〉の条件であり、人間が自然とともに人間らしく生きてゆく〈よき生〉の基盤であるという点である。こうした〈生存〉〈生活〉〈よき生〉に直結する問題の解決のために、学問が集結して連帯している学術分野が「環境科学」や「環境学」なのである。
具体的には、自然科学、工学、政治、経済、哲学や芸術など、これらは通常独立した学部として設置されているが、環境科学の場合、環境課題に取り組むさまざまな専門分野が集まり、視点や成果を共有し、意見交換をして共同研究を行うなど、自分が受け持つ専門分野の研究を他分野との協力関係の中で遂行してゆく。したがって、自分の研究は常に他の研究との関係性の中で「位置づけ」や「役割」を考えながら行わなくてはならず、そのため幅広い知識を携え、他者の視点や方法、考え方についても関心を持ち、把握することに努めなければならない。環境科学は特定の研究分野の中だけに閉じこもることができない、学際性を特徴とする分野であるが、まさにこの点が環境科学の面白さでもある。
具体的には、自然科学、工学、政治、経済、哲学や芸術など、これらは通常独立した学部として設置されているが、環境科学の場合、環境課題に取り組むさまざまな専門分野が集まり、視点や成果を共有し、意見交換をして共同研究を行うなど、自分が受け持つ専門分野の研究を他分野との協力関係の中で遂行してゆく。したがって、自分の研究は常に他の研究との関係性の中で「位置づけ」や「役割」を考えながら行わなくてはならず、そのため幅広い知識を携え、他者の視点や方法、考え方についても関心を持ち、把握することに努めなければならない。環境科学は特定の研究分野の中だけに閉じこもることができない、学際性を特徴とする分野であるが、まさにこの点が環境科学の面白さでもある。
大学でのカリキュラム
近年になって「環境」を冠とする学部や学科が各大学で新設されてきている。ただし、環境科学や環境学は学際的な分野であるため、標準的なカリキュラムが存在しないといってよい。そのかわり、それぞれの大学が強みとする分野や、とくに推進したいと考えている分野、あるいはカリキュラム創設前の専門分野が下敷きになっているなど、同じ環境系の学部/学科でもそれぞれに特徴がある。そのため環境系の分野を選択する際には、所属する教員の専門分野などを詳しく調べるなどして、どのような特色ある研究が行われているのかを把握することをお勧めする。
ここでは一例として、国内の数ある環境系の学部/学科の中でも、長い歴史をもつ長崎大学環境科学部を紹介したい。長崎大学の環境科学部では、環境問題を多角的かつ総合的に捉える力を養いつつ、学年が上がるにつれて専門的な研究に従事できるようにカリキュラムが構成されている。また学部の一般入試・推薦入試とも「文系受験」と「理系受験」の2つの方式が設けられており、高校で文理のどちらを選択していても、それぞれに対応した入試を行っている。ただし入学後は、受験方法とは関係なく1年生全員が同じ講義群を受講し、幅広い知識や視点を身に着けることが目標とされる。たとえば自然科学(大気、水、生物など)や工学(生物工学、廃棄物工学、まちづくり)・社会科学(経済、政治、法、地域社会)・人間学(環境倫理学)などの基礎科目を履修し、さらにフィールドワークや情報処理などの科目を含めて、環境問題を総合的に理解するのに必要な基礎知識や視角を身につけることができる。その後に、自分の関心や得意、将来も見極めながら、「保全設計コース(自然科学系のコース)」と「環境政策コース(人間社会系のコース)」に分かれ、卒業研究のために最終的にどこかの研究室に所属し、より専門性の高い研究を行ってゆく。長崎大学環境科学部のカリキュラムは、最初から特定の専門分野に固定されることがないため、自分の進路を大学で学びながらじっくり検討して定めることができるという、学生にとってのメリットもある。
ここでは一例として、国内の数ある環境系の学部/学科の中でも、長い歴史をもつ長崎大学環境科学部を紹介したい。長崎大学の環境科学部では、環境問題を多角的かつ総合的に捉える力を養いつつ、学年が上がるにつれて専門的な研究に従事できるようにカリキュラムが構成されている。また学部の一般入試・推薦入試とも「文系受験」と「理系受験」の2つの方式が設けられており、高校で文理のどちらを選択していても、それぞれに対応した入試を行っている。ただし入学後は、受験方法とは関係なく1年生全員が同じ講義群を受講し、幅広い知識や視点を身に着けることが目標とされる。たとえば自然科学(大気、水、生物など)や工学(生物工学、廃棄物工学、まちづくり)・社会科学(経済、政治、法、地域社会)・人間学(環境倫理学)などの基礎科目を履修し、さらにフィールドワークや情報処理などの科目を含めて、環境問題を総合的に理解するのに必要な基礎知識や視角を身につけることができる。その後に、自分の関心や得意、将来も見極めながら、「保全設計コース(自然科学系のコース)」と「環境政策コース(人間社会系のコース)」に分かれ、卒業研究のために最終的にどこかの研究室に所属し、より専門性の高い研究を行ってゆく。長崎大学環境科学部のカリキュラムは、最初から特定の専門分野に固定されることがないため、自分の進路を大学で学びながらじっくり検討して定めることができるという、学生にとってのメリットもある。
環境科学部の卒業生の進路
いま、私たちの時代は「環境に価値をおく」時代へと大きく転換しつつある。
環境の危機と人間の危機は一体のものであるために、公共政策から産業活動に至るあらゆる活動主体に「環境への責任」が問われている。地方自治体の中には新たに環境職を設け、地域の環境問題に専門的に取り組む組織を設置する自治体もある。環境問題への取り組みは企業の社会的評価に直結し、今後いっそう厳しい目が向けられることから、すでに企業内に環境管理・監査などの企画・対策部門を設置するところも増え、近年では環境ビジネスに特化した会社も増加しつつある。また多くの環境系のNGOやNPOも、地域レベルから国際レベルまで活躍している。環境に関する知識をもち、その複雑さを理解し、克服や解決に向けて適切に考え行動ができる人材のニーズはいっそう高まるだろう。
ただし環境科学を学ぶ目的は、ただ仕事に就くためだけではなく、生涯にわたる人生の選択に影響を与える知識やスキル、視点を身につけるためでもあることを、最後につけ加えておきたい。
環境の危機と人間の危機は一体のものであるために、公共政策から産業活動に至るあらゆる活動主体に「環境への責任」が問われている。地方自治体の中には新たに環境職を設け、地域の環境問題に専門的に取り組む組織を設置する自治体もある。環境問題への取り組みは企業の社会的評価に直結し、今後いっそう厳しい目が向けられることから、すでに企業内に環境管理・監査などの企画・対策部門を設置するところも増え、近年では環境ビジネスに特化した会社も増加しつつある。また多くの環境系のNGOやNPOも、地域レベルから国際レベルまで活躍している。環境に関する知識をもち、その複雑さを理解し、克服や解決に向けて適切に考え行動ができる人材のニーズはいっそう高まるだろう。
ただし環境科学を学ぶ目的は、ただ仕事に就くためだけではなく、生涯にわたる人生の選択に影響を与える知識やスキル、視点を身につけるためでもあることを、最後につけ加えておきたい。


