何を学ぶ
人間らしい社会、豊かな環境を目指して、インフラストラクチャーを構想し実現するための理論と技術を学ぶ。扱う対象のスケールはきわめて幅広く、方法論も多様。

中井 祐(なかい ゆう)先生
東京大学/大学院工学系研究科/教授
1968年生まれ。東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。アプル総合計画事務所、東京工業大学助手などを経て、2010年より現職。専門は景観論、土木デザイン。著書に『近代日本の橋梁デザイン思想』など。
土木工学の対象〜インフラとは何か
学問には、それぞれ扱う対象がある。たとえば建築学は建築物を扱い、都市工学は都市を扱う。土木工学が対象とするのは、インフラストラクチャー(インフラ)である。では、インフラ、infrastructureとはなんだろうか。直訳すれば下部(infra)+構造(structure)。「下部構造」とは抽象的で聞きなれない言葉だが、社会のあり方や人びとの生活様式を根底で支えている(=構造的に規定している)基盤的な施設、という意味である。だから、infrastructureは「社会基盤(施設)」と訳される。
例を挙げて説明しよう。たとえば、道は代表的なインフラの一つである。ある村が別の村と道でつながれば、その道を介して人やものや情報が行き交うようになる。やがて二つの村の間に経済的な互恵関係が生まれ、村人たちの間に関心や友情や恋愛が生まれ、さらには交流が高じて新しいライフスタイルや文化が生まれるだろう。つまり、道というインフラがあることによって、人びとが地域を超えて自由に交流し価値を交換しあえる社会が成り立っている。道というインフラが、より豊かな社会の基礎を形成している。さらに、一言に道といっても、現代社会を支えている道はいろいろある。近所の人とあいさつを交わす日々の散歩道。地元の買い物客でにぎわう駅前の商店街。都市をつなぐ幹線道路や、国内の自由な長距離移動を容易にする高速道路。地域の一次産業を支える農道や林道。豊かな自然と風光明媚(めいび)な風景を楽しむ遊歩道やサイクリングロード。効率的な大量輸送を実現するとともに、それ自体が旅の喜びをもたらしてくれる存在でもある鉄道。そして世界を行き来するための海の道(航路)と空の道(空路)。現代市民社会に不可欠なこれらの道は全て、土木工学の対象範囲である。
道にかぎらない。人びとを災害から守る河川堤防やダムや海岸防護施設、衛生的で快適な都市生活を実現する上下水道や街路広場公園などのパブリックスペース、産業活動を保障する利水施設やエネルギー施設。これらインフラの存在によって、現代は、誰もが等しく一定の安全性や利便性や快適さを享受できる市民社会として成り立っているのである。
例を挙げて説明しよう。たとえば、道は代表的なインフラの一つである。ある村が別の村と道でつながれば、その道を介して人やものや情報が行き交うようになる。やがて二つの村の間に経済的な互恵関係が生まれ、村人たちの間に関心や友情や恋愛が生まれ、さらには交流が高じて新しいライフスタイルや文化が生まれるだろう。つまり、道というインフラがあることによって、人びとが地域を超えて自由に交流し価値を交換しあえる社会が成り立っている。道というインフラが、より豊かな社会の基礎を形成している。さらに、一言に道といっても、現代社会を支えている道はいろいろある。近所の人とあいさつを交わす日々の散歩道。地元の買い物客でにぎわう駅前の商店街。都市をつなぐ幹線道路や、国内の自由な長距離移動を容易にする高速道路。地域の一次産業を支える農道や林道。豊かな自然と風光明媚(めいび)な風景を楽しむ遊歩道やサイクリングロード。効率的な大量輸送を実現するとともに、それ自体が旅の喜びをもたらしてくれる存在でもある鉄道。そして世界を行き来するための海の道(航路)と空の道(空路)。現代市民社会に不可欠なこれらの道は全て、土木工学の対象範囲である。
道にかぎらない。人びとを災害から守る河川堤防やダムや海岸防護施設、衛生的で快適な都市生活を実現する上下水道や街路広場公園などのパブリックスペース、産業活動を保障する利水施設やエネルギー施設。これらインフラの存在によって、現代は、誰もが等しく一定の安全性や利便性や快適さを享受できる市民社会として成り立っているのである。
土木工学の原型は近代に成立した
土木工学は、より豊かな社会の基礎をつくるインフラを構想し、計画・設計・施工によって実現し、さらに適切に運営管理するための、理論と方法論を考究する学問分野である。その原型は、近代に成立した。
インフラの役割は時代によって変わる。たとえば古代ローマ帝国が築いたアッピア街道は、皇帝が大量かつ迅速に軍隊を各地に送ることを目的につくられた。あるいは、今も八ヶ岳の麓(ふもと)に残る武田信玄の棒道も、軍用道路だ。つまり古代や中世にあって、土木技術は、支配階級の軍事技術としての性格を兼ね備えていた。
それが大きく変わって今の土木工学の原型が成立したのが、近代である。18世紀の終わりごろから19世紀にかけて、主に西欧や日本を中心に、長らく続いてきた身分社会が崩れていった。一人ひとりが自由で平等な個人であることを原則とする市民社会へ、そして全ての市民が等しく人間らしい環境を生きられる社会へと、世界が転回しはじめた。
この世界の変化に伴って軍事技術という性格が分離した土木技術は、市民社会の基礎となるインフラをつくるシビルエンジニアリング、civil engineeringという近代工学の一つの類型としてその原型が定まり、世界に普及していった。日本の「土木工学」はcivil engineeringの訳語である。封建体制下の身分社会が解体して近代市民社会へと移行した明治期に、日本でもっとも古い近代工学の一つとして産声をあげ、昭和戦前期にかけて次第にその学問としての体系が確立していった。
ちなみに、土木技術者のことをシビルエンジニア(civil engineer)という。そこには、「市民社会のための」基盤施設をつくる専門家、という意味が含まれている。
インフラの役割は時代によって変わる。たとえば古代ローマ帝国が築いたアッピア街道は、皇帝が大量かつ迅速に軍隊を各地に送ることを目的につくられた。あるいは、今も八ヶ岳の麓(ふもと)に残る武田信玄の棒道も、軍用道路だ。つまり古代や中世にあって、土木技術は、支配階級の軍事技術としての性格を兼ね備えていた。
それが大きく変わって今の土木工学の原型が成立したのが、近代である。18世紀の終わりごろから19世紀にかけて、主に西欧や日本を中心に、長らく続いてきた身分社会が崩れていった。一人ひとりが自由で平等な個人であることを原則とする市民社会へ、そして全ての市民が等しく人間らしい環境を生きられる社会へと、世界が転回しはじめた。
この世界の変化に伴って軍事技術という性格が分離した土木技術は、市民社会の基礎となるインフラをつくるシビルエンジニアリング、civil engineeringという近代工学の一つの類型としてその原型が定まり、世界に普及していった。日本の「土木工学」はcivil engineeringの訳語である。封建体制下の身分社会が解体して近代市民社会へと移行した明治期に、日本でもっとも古い近代工学の一つとして産声をあげ、昭和戦前期にかけて次第にその学問としての体系が確立していった。
ちなみに、土木技術者のことをシビルエンジニア(civil engineer)という。そこには、「市民社会のための」基盤施設をつくる専門家、という意味が含まれている。
古典的な土木工学とその発展
近代に生まれた当初の土木工学は、事実上、インフラを現場で「つくる」技術、すなわち設計と施工に役立つ経験的な専門知識の集合体だった。それが、時代が下るにつれて発展し洗練され、20世紀半ばごろにかけて、概ね以下のような基礎理論とインフラの設計施工各論からなる学問体系として確立した。
・基礎理論:構造の一般理論を扱う構造力学、水の挙動を扱う水理学、コンクリートや土など建設材料の性質を扱う材料学、に大別される。
・インフラの設計施工各論:インフラや土木構造物ごとの、個別の設計・施工論。鉄道工学、道路工学、橋梁工学、河川工学、海岸工学、港湾工学、交通工学、上下水道工学など。
上記に、インフラの設計施工に欠かせない技術である測量学が加わったものが、土木工学のいわば古典的な体系である。
20世紀後半に差しかかると、高度経済成長を背景に、国土全体のバランスのとれた発展を目指して、高速交通網の整備や都市・地域の開発、利水・治水と発電を目的とした総合的な流域開発など、大規模かつ広域のインフラ群をいかにして効率的に実現するか、という社会的課題に応える必要が生じた。個々のインフラをつくる設計施工技術だけではなく、インフラ全体をシステムとして合理的に計画した上で各施設を適切なコストで実現していく、計画技術とマネジメント技術の高度化が求められたのである。
さらに、インフラの大規模化に伴って、環境や景観の改変も無視できない社会問題となっていった。さらに、自然科学的な方法論だけでなく、インフラと人間・自然・社会の関わりを考察する人文科学的な視野も必要とされるようになった。
このような時代の要請によって以下のような分野が加わり、文理複眼的な性格も伴って、土木工学の領域は拡大していった。
・計画論:計画数理、交通・都市計画、地域・国土計画、景観計画・景観設計、社会基盤史
・マネジメント論:建設マネジメント、プロジェクトマネジメント
・基礎理論:構造の一般理論を扱う構造力学、水の挙動を扱う水理学、コンクリートや土など建設材料の性質を扱う材料学、に大別される。
・インフラの設計施工各論:インフラや土木構造物ごとの、個別の設計・施工論。鉄道工学、道路工学、橋梁工学、河川工学、海岸工学、港湾工学、交通工学、上下水道工学など。
上記に、インフラの設計施工に欠かせない技術である測量学が加わったものが、土木工学のいわば古典的な体系である。
20世紀後半に差しかかると、高度経済成長を背景に、国土全体のバランスのとれた発展を目指して、高速交通網の整備や都市・地域の開発、利水・治水と発電を目的とした総合的な流域開発など、大規模かつ広域のインフラ群をいかにして効率的に実現するか、という社会的課題に応える必要が生じた。個々のインフラをつくる設計施工技術だけではなく、インフラ全体をシステムとして合理的に計画した上で各施設を適切なコストで実現していく、計画技術とマネジメント技術の高度化が求められたのである。
さらに、インフラの大規模化に伴って、環境や景観の改変も無視できない社会問題となっていった。さらに、自然科学的な方法論だけでなく、インフラと人間・自然・社会の関わりを考察する人文科学的な視野も必要とされるようになった。
このような時代の要請によって以下のような分野が加わり、文理複眼的な性格も伴って、土木工学の領域は拡大していった。
・計画論:計画数理、交通・都市計画、地域・国土計画、景観計画・景観設計、社会基盤史
・マネジメント論:建設マネジメント、プロジェクトマネジメント
現代土木工学の展開
古典的な体系を核に、時代の要請に対応しつつ変化してきた土木工学も、21世紀に入って、さらなるモデルチェンジの段階を迎えた。背景は、自然環境や都市・地域の持続可能性に対する、地球規模での危機意識の高まりである。工業によって文明が高度化し、経済規模や人口が飛躍的に拡大した20世紀。入れ替わるように、21世紀、先進国は人類史上初めて人口減少のステージに突入した。一方、世界全体で見ればまだまだ人口が増える開発途上の地域は多い。格差の解消が求められる一方で、生態系の保全と生物多様性の維持や温暖化ガス排出量のコントロール、すなわち開発総量の抑制は、喫緊のグローバルな課題である。また、温暖化傾向に伴い、想定を超える規模の自然災害や異常気象が世界各地で報告されている。都市や地域の、ひいては人類社会の持続可能性を高めるために、社会の下部構造たるインフラのあり方を学問の対象とする土木工学の役割は、ますます重要度を増している。
以上のような背景のもと、現代の土木工学を特徴づけているのは、たとえば次のようなテーマである。
・地球規模での水循環の把握と災害リスクの予測
・防災インフラの整備と地域のまちづくりによる総合的な減災
・人口減少社会における都市や地域の持続再生のデザイン
・国際的なプロジェクトのマネジメントの方法論
現代情報技術の進展は、さまざまな自然現象や社会現象を広域的に、地球規模で把握することを可能にしつつある。ある地域の現象は独立して存在するのではなく、地球上のほかの地域の現象と何らかの相互連関を持っていることが、科学的に把握できるようになってきた。未来の土木工学は、地球環境というグローバルな視野を前提としたインフラ構築の技術へと、さらに進化していくだろう。
以上のような背景のもと、現代の土木工学を特徴づけているのは、たとえば次のようなテーマである。
・地球規模での水循環の把握と災害リスクの予測
・防災インフラの整備と地域のまちづくりによる総合的な減災
・人口減少社会における都市や地域の持続再生のデザイン
・国際的なプロジェクトのマネジメントの方法論
現代情報技術の進展は、さまざまな自然現象や社会現象を広域的に、地球規模で把握することを可能にしつつある。ある地域の現象は独立して存在するのではなく、地球上のほかの地域の現象と何らかの相互連関を持っていることが、科学的に把握できるようになってきた。未来の土木工学は、地球環境というグローバルな視野を前提としたインフラ構築の技術へと、さらに進化していくだろう。
現代土木工学のカリキュラムの例
古典的な体系を核にしつつ、時代の最先端の要請に従って土木工学は変化を遂げてきた。しかし学問としての目標が、一人ひとりが等しく人間らしい環境を生きられる世界の実現であることに、変わりはない。参考までに、東京大学社会基盤学科の現在のカリキュラムを示しておく。現代土木工学の対象領域と問題意識を知る一助としてほしい。

