何を学ぶ
住宅や公共建築など、人びとの日常生活を支える多彩な建築物のデザインや歴史、技術や環境、さらには人間の振る舞いや心理などを多面的に探求し、実践に結びつけていく学問。

千葉 学(ちば まなぶ)先生
東京大学/大学院工学系研究科/教授
1960年、東京都に生まれる。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。東京大学助手、准教授を経て現職。専攻は建築設計、都市環境デザイン。著書に、『人の集まり方をデザインする』など。建築家としても多数の賞を受賞している。
建築学とは何か
「建築学」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるのだろう。世界を股にかけて活躍する建築家、斬新なデザインの建築物、あるいは超高層の構造を解析するエンジニアだろうか。なかには古代ローマの遺跡や、京都・奈良の古い寺院などに思いを馳せる人もいるに違いない。あるいはまた近年では、環境建築やサステイナブル建築などという言葉を耳にしたことのある人も多いのかもしれない。もちろんそのどれもが建築学という学問に深く関わっている。そして皆さんが日頃多くの時間を過ごすきわめて身近な学校や住宅もまた、建築学で扱う大切な対象である。
つまり建築学とは、皆さんが生活する身近な環境から都市空間に至るまで、人間を取り巻く環境を形成する「建築」をつくるためにある学問なのだ。そのために必要な技術や美学、文化や歴史、社会や経済、生活慣習や気候風土、人間の心理や生理など、実に多岐にわたる領域を横断的に学ぶのである。
かつて紀元前1世紀に、ローマの建築家であり理論家でもあったウィトルウィウスは、その著『建築書』のなかで、「建築家は文筆家であり絵描きであり、数学者であり歴史家でもある。また哲学者であって音楽家でもあり、さらに医者であり法律家であり、天文学者でもなくてはならない」と記していた。古代ローマの時代から、建築という学問はこうした広範な知識や知恵、技術を統合しながら構築していく、きわめて文化的な行為だったのである。実際、世界のさまざまな地域や国の文化は、建築を抜きにしては語れないことが多々あるのである。
今日のようなグローバルな時代においても、建築が地域に密着した文化の一端を担っていることに変わりはない。そして、より安全で快適な環境を合理的につくるという普遍的なテーマを追究しながら、地球規模での環境問題を考えるという今日的な課題にも応え、常に新たな技術を開発、検証し、それを体系化して後世に伝えていくことも、建築学の重要な責務である。
つまり建築学とは、皆さんが生活する身近な環境から都市空間に至るまで、人間を取り巻く環境を形成する「建築」をつくるためにある学問なのだ。そのために必要な技術や美学、文化や歴史、社会や経済、生活慣習や気候風土、人間の心理や生理など、実に多岐にわたる領域を横断的に学ぶのである。
かつて紀元前1世紀に、ローマの建築家であり理論家でもあったウィトルウィウスは、その著『建築書』のなかで、「建築家は文筆家であり絵描きであり、数学者であり歴史家でもある。また哲学者であって音楽家でもあり、さらに医者であり法律家であり、天文学者でもなくてはならない」と記していた。古代ローマの時代から、建築という学問はこうした広範な知識や知恵、技術を統合しながら構築していく、きわめて文化的な行為だったのである。実際、世界のさまざまな地域や国の文化は、建築を抜きにしては語れないことが多々あるのである。
今日のようなグローバルな時代においても、建築が地域に密着した文化の一端を担っていることに変わりはない。そして、より安全で快適な環境を合理的につくるという普遍的なテーマを追究しながら、地球規模での環境問題を考えるという今日的な課題にも応え、常に新たな技術を開発、検証し、それを体系化して後世に伝えていくことも、建築学の重要な責務である。
建築学を構成する専門分野
このような建築学の多岐にわたる知識や技術は、大学教育の場においては、下記のような専門分野に体系化され、教育されている。
地震や台風など、建築に働く力を分析し、それに対してどのような素材をどのように組み立てれば安全な建築になるかを考える構造力学、建築に使われる多種多様な材料の組成や性状を分析し、その使い方や性能向上を考える材料力学、また火災や地震など、さまざまな災害に対して安全で、確実に避難できるような建築のあり方を研究する防災計画などは、建築の安全性を支えるきわめて重要な技術の体系である。
また、こうした建築の各種素材をどのように組み立て、必要とされる性能や工期を達成できるかを研究する建築構法、さらにその背景にある素材や工業製品の流通までをも視野に入れた建築生産、そしてこれらの素材や技術を現場でいかに駆使し、つくり上げていくか、その技術を学ぶ建築施工などは、建築をつくるという現場に必須な技術の体系である。
実際の建築空間における環境をいかに評価し、構築するか、これもまた重要な分野である。そして、空気環境、音環境、光環境、風環境などを、単に機械によって構築するだけではなく、可能な限り自然に寄り添いながら考えていく環境工学は、きわめて今日的な技術である。
以上のような工学的な視点に加え、社会学的、人文科学的な色彩の強い分野も多い。どこにどのような規模で、どのような建築を計画すればよいか、またそこでの生活や建築の使われ方、人間の感じ方や振る舞い方などといった視点から建築のあり方を研究する建築計画、さらにはどのような形で、どのような空間を、どのような素材や構造で組み立てたら快適で美しい建築をつくれるかを考える建築意匠。
そしてもう一つ、建築学をユニークにしているものに建築史がある。冒頭でも触れたように、建築は世界中のさまざまな地域の文化形成に大きく関与してきた。その文化の歴史は、多様な表現として立ち現れる建築の歴史でもあり、その歴史を知ることは、未来の社会や都市を考えていく基盤となるのだ。
このほかにも、建築が集まって形成される町や都市の風景、建築や道、広場との関係性や公共空間などを研究する都市デザイン、また近年のコンピュータ技術を駆使することで生まれるコンピューテイショナルデザインなど、建築の周辺領域や新しい分野などを学ぶ機会も多いが、いずれにせよ、きわめて工学的でありながら人文的であり、芸術的でもあるのが建築学の最大の特徴である。
地震や台風など、建築に働く力を分析し、それに対してどのような素材をどのように組み立てれば安全な建築になるかを考える構造力学、建築に使われる多種多様な材料の組成や性状を分析し、その使い方や性能向上を考える材料力学、また火災や地震など、さまざまな災害に対して安全で、確実に避難できるような建築のあり方を研究する防災計画などは、建築の安全性を支えるきわめて重要な技術の体系である。
また、こうした建築の各種素材をどのように組み立て、必要とされる性能や工期を達成できるかを研究する建築構法、さらにその背景にある素材や工業製品の流通までをも視野に入れた建築生産、そしてこれらの素材や技術を現場でいかに駆使し、つくり上げていくか、その技術を学ぶ建築施工などは、建築をつくるという現場に必須な技術の体系である。
実際の建築空間における環境をいかに評価し、構築するか、これもまた重要な分野である。そして、空気環境、音環境、光環境、風環境などを、単に機械によって構築するだけではなく、可能な限り自然に寄り添いながら考えていく環境工学は、きわめて今日的な技術である。
以上のような工学的な視点に加え、社会学的、人文科学的な色彩の強い分野も多い。どこにどのような規模で、どのような建築を計画すればよいか、またそこでの生活や建築の使われ方、人間の感じ方や振る舞い方などといった視点から建築のあり方を研究する建築計画、さらにはどのような形で、どのような空間を、どのような素材や構造で組み立てたら快適で美しい建築をつくれるかを考える建築意匠。
そしてもう一つ、建築学をユニークにしているものに建築史がある。冒頭でも触れたように、建築は世界中のさまざまな地域の文化形成に大きく関与してきた。その文化の歴史は、多様な表現として立ち現れる建築の歴史でもあり、その歴史を知ることは、未来の社会や都市を考えていく基盤となるのだ。
このほかにも、建築が集まって形成される町や都市の風景、建築や道、広場との関係性や公共空間などを研究する都市デザイン、また近年のコンピュータ技術を駆使することで生まれるコンピューテイショナルデザインなど、建築の周辺領域や新しい分野などを学ぶ機会も多いが、いずれにせよ、きわめて工学的でありながら人文的であり、芸術的でもあるのが建築学の最大の特徴である。
統合科目としての設計製図
このような建築学におけるさまざまな分野は、もちろん講義を通じて教育されるが、実験や演習というきわめて実践的な教育も多い。
なかでも特に重視されているのが、全ての領域を横断的に統合していく設計製図の授業である。美術館や学校、あるいはその土地に相応(ふさわ)しい具体的な建築を、学生それぞれが自由に構想し、一つの案にまとめていくのだ。社会情勢や土地の環境、そこでの人間の活動や周辺との調和などを総合的に汲み取りながら、日ごろ培っている工学的な視点、芸術的な視点を総動員して、建築をつくり上げるのである。そして10人の学生がいれば、10通りの案が生まれてくるのも、設計製図ならではのことだろう。つまり建築には、あらかじめ正解などは用意されていない。一人ひとりの個性的な環境の読み取りや創造的な技術の行使によって、いくらでも素晴らしい案は生まれ得るのである。
このことは、設計製図の授業をユニークなものにもしている。10人10通りの案を指導するのだから、授業は学生と教員の対話が中心となる。エスキスと呼ばれるこの対話形式の授業は、小さな芽のようなアイデアを育て、より社会性や客観性を持つ案へと練り上げていくプロセスでもある。決してやさしいプロセスではないが、しかし一つの建築を構築していく、その深い洞察と論理は、建築学でしか味わえない思考であるだろうし、納得のいく案ができたときの達成感と創造の悦(よろこ)びは、何物にも代え難いものであろう。
なかでも特に重視されているのが、全ての領域を横断的に統合していく設計製図の授業である。美術館や学校、あるいはその土地に相応(ふさわ)しい具体的な建築を、学生それぞれが自由に構想し、一つの案にまとめていくのだ。社会情勢や土地の環境、そこでの人間の活動や周辺との調和などを総合的に汲み取りながら、日ごろ培っている工学的な視点、芸術的な視点を総動員して、建築をつくり上げるのである。そして10人の学生がいれば、10通りの案が生まれてくるのも、設計製図ならではのことだろう。つまり建築には、あらかじめ正解などは用意されていない。一人ひとりの個性的な環境の読み取りや創造的な技術の行使によって、いくらでも素晴らしい案は生まれ得るのである。
このことは、設計製図の授業をユニークなものにもしている。10人10通りの案を指導するのだから、授業は学生と教員の対話が中心となる。エスキスと呼ばれるこの対話形式の授業は、小さな芽のようなアイデアを育て、より社会性や客観性を持つ案へと練り上げていくプロセスでもある。決してやさしいプロセスではないが、しかし一つの建築を構築していく、その深い洞察と論理は、建築学でしか味わえない思考であるだろうし、納得のいく案ができたときの達成感と創造の悦(よろこ)びは、何物にも代え難いものであろう。
建築学の新しい取り組み
建築学が扱う領域や技術は、時代の要請に応じて常に変化する。近年の新しい分野や取り組みを簡単に紹介しよう。
一つは、保存や再生である。高度経済成長期のように、新しい建築を量産するだけでは、環境的にもまた文化の継承という観点でも好ましくない。近年では東京駅の復元が話題であったが、古い建物を大切に保存再生しながら使っていく、そのために必要な技術や知見は、建築史、また構造力学や建築意匠の分野においても主要なテーマになりつつある。
もう一つは、環境問題である。地球環境全体を視野に入れての技術開発は、今やあらゆる産業の使命だが、建築においても状況は同じである。建築そのものがエネルギー消費を抑えるのは当然のこと、建築をつくるための材料やその流通、廃棄なども含めた総合的な環境配慮の技術もまた、期待されている分野なのだ。
また東日本大震災以降は、復興支援も一つの大きなテーマとなっている。単に建築を物理的に再建するだけではなく、崩壊してしまったコミュニティの再生、そのために必要な建築計画、そして防災、減災といった視点での街づくりや自然と寄り添う技術の開発などは、今後の建築学の中心的な課題になりそうである。
教育という視点では、国際化もまた一つの大きな流れである。日本の建築は、今やデザイン面でも技術面でも世界のトップクラスであり、世界で活躍する日本人建築家も数多い。建築学科に海外からの留学生が多いのは、その一つの現れでもある。このような状況を受けて、英語での授業や海外とのワークショップなど、建築学教育の国際化はすでにさまざまな大学で始まっている。
一つは、保存や再生である。高度経済成長期のように、新しい建築を量産するだけでは、環境的にもまた文化の継承という観点でも好ましくない。近年では東京駅の復元が話題であったが、古い建物を大切に保存再生しながら使っていく、そのために必要な技術や知見は、建築史、また構造力学や建築意匠の分野においても主要なテーマになりつつある。
もう一つは、環境問題である。地球環境全体を視野に入れての技術開発は、今やあらゆる産業の使命だが、建築においても状況は同じである。建築そのものがエネルギー消費を抑えるのは当然のこと、建築をつくるための材料やその流通、廃棄なども含めた総合的な環境配慮の技術もまた、期待されている分野なのだ。
また東日本大震災以降は、復興支援も一つの大きなテーマとなっている。単に建築を物理的に再建するだけではなく、崩壊してしまったコミュニティの再生、そのために必要な建築計画、そして防災、減災といった視点での街づくりや自然と寄り添う技術の開発などは、今後の建築学の中心的な課題になりそうである。
教育という視点では、国際化もまた一つの大きな流れである。日本の建築は、今やデザイン面でも技術面でも世界のトップクラスであり、世界で活躍する日本人建築家も数多い。建築学科に海外からの留学生が多いのは、その一つの現れでもある。このような状況を受けて、英語での授業や海外とのワークショップなど、建築学教育の国際化はすでにさまざまな大学で始まっている。
多彩な就職先
建築学科を卒業した学生には、建設会社に勤めて施工技術者として働いたり、設計事務所やハウスメーカー、都市・地域開発コンサルなどに就職して設計業務に従事したりする人が多い。もちろん各種研究機関に就職して、建築に関する研究を続ける人もいるし、行政の側から建築に携わる人もいる。そのほかにも、金融や不動産、広告代理店や放送局など、他分野に就職する人も最近では増えている。それは何も建築から離脱したということではなく、むしろ建築学という学問の裾野の広さと構築的な思考を身につけた人を、他分野が必要とし始めていると見た方がよいだろう。
このような学問であるから、理系的な思考と文系的な思考の両面に興味を持っている人に向いている学問であるともいえる。ウィトルウィウスの言葉を借りれば、文筆や絵画、数学や歴史、哲学や音楽、医学や法学、天文などに興味のある人は、必ず建築学で接点を見つけることになるといってもよい。そして最後に、女性の進出が古くから顕著であることも付け加えておきたい。世界で活躍する日本人女性建築家が数多くいるように、女性にとっても魅力的であり、また力を存分に発揮できる分野なのである。
まずは自分の家や学校など身近な環境に関心を持ち、そこから建築への興味を膨らませていってはどうだろうか。魅力的な世界が次々と目の前に立ち現れてくるに違いない。
このような学問であるから、理系的な思考と文系的な思考の両面に興味を持っている人に向いている学問であるともいえる。ウィトルウィウスの言葉を借りれば、文筆や絵画、数学や歴史、哲学や音楽、医学や法学、天文などに興味のある人は、必ず建築学で接点を見つけることになるといってもよい。そして最後に、女性の進出が古くから顕著であることも付け加えておきたい。世界で活躍する日本人女性建築家が数多くいるように、女性にとっても魅力的であり、また力を存分に発揮できる分野なのである。
まずは自分の家や学校など身近な環境に関心を持ち、そこから建築への興味を膨らませていってはどうだろうか。魅力的な世界が次々と目の前に立ち現れてくるに違いない。
