何を学ぶ
自然現象の探究から普遍的な原理を見出し、それを自在に使いこなすことで社会の変革に挑戦する学問。物質科学、光科学、量子情報、AIなど、研究対象は広がり続けている。

求 幸年(もとめ ゆきとし)先生
東京大学/大学院工学系研究科/教授
1970年大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒。博士(理学)。筑波大学助手、ERATO研究員、理化学研究所研究員、東京大学准教授を経て、2015年より現職。専門は物性理論。日本物理学会、応用物理学会員。
応用物理学とは
「応用」物理学というと、それとは別に「基礎」物理学というものがあって、両者が明確に区別されているように思われるかもしれないが、それは大きな誤解である。応用物理学とは、基本的な物理法則の解明から社会や産業への技術実装に至るまで、基礎から応用までを広く包含する壮大な学問分野である。自然現象の背後に潜む普遍的な原理を抽出し、体系的な学理を築きあげる基礎研究から、そこで得られた知見を自在に駆使してこれまで世の中に存在しなかった物質や機能を創出することで、社会課題の解決に挑む応用研究まで、幅広い探究が行われている。
応用物理学は、数学、化学、生物学・生命科学、機械工学、電気・電子工学など、多くの学問分野と密接に関わりながら発展してきた。その研究対象は時代の変革とともに拡大し続けており、最近では量子コンピュータや量子暗号といった量子情報分野や、機械学習やAI(人工知能)の研究分野などとの融合領域の発展も著しい。
現代社会は応用物理学の成果なしには成り立たない。スマートフォンやカーナビの位置情報に用いられているGPSにはアインシュタインの一般相対性理論が用いられているし、そもそもそれらの電子デバイスには、量子力学に立脚した半導体エレクトロニクスが欠かせない。2014年の青色LEDをはじめ、1990年以降のノーベル物理学賞の約3分の2が応用物理学に関連した業績であることは、基礎と応用の垣根がなくなりつつあると同時に、物理学と社会や産業が密接に絡み合っていることを強く物語っている。
もともと物理学とは、自然界のあらゆる現象の背後に潜む法則を探究する学問である。古典力学、電磁気学、熱・統計力学、量子力学といった精緻な理論体系を基盤とし、自然科学全体を根本から支えている。現在では、素粒子物理学、物性物理学、宇宙物理学、生物物理学、化学物理学、地球物理学、原子・分子物理学など、多くの学問分野へと発展を続けている。
こうした物理学の進歩は、人類の知的好奇心によって突き動かされてきたが、各時代の社会背景や技術的課題と無関係に発展してきたわけではない。たとえば、熱力学は18世紀半ばから19世紀の産業革命を駆動した蒸気機関の原理を探求することから生まれた。また、量子力学は19世紀後半に製鉄業において溶鉱炉の温度とともに現れる光(黒体放射)の研究が契機となって誕生した。
このように壮大な歴史と体系を持つ物理学の最前線では、今日も未知への挑戦が続けられ、それによって新しい分野が開拓されることで、その研究領域は広がり続けている。そこでは、物理学の学問体系を社会や産業に応用することが、さらなる新しい基本原理の開拓へとつながっている。応用物理学は、このような基礎と応用の二重らせん的な発展を推進しながら、物理学の深化と社会変革の双方に挑戦する学問である。
応用物理学は、数学、化学、生物学・生命科学、機械工学、電気・電子工学など、多くの学問分野と密接に関わりながら発展してきた。その研究対象は時代の変革とともに拡大し続けており、最近では量子コンピュータや量子暗号といった量子情報分野や、機械学習やAI(人工知能)の研究分野などとの融合領域の発展も著しい。
現代社会は応用物理学の成果なしには成り立たない。スマートフォンやカーナビの位置情報に用いられているGPSにはアインシュタインの一般相対性理論が用いられているし、そもそもそれらの電子デバイスには、量子力学に立脚した半導体エレクトロニクスが欠かせない。2014年の青色LEDをはじめ、1990年以降のノーベル物理学賞の約3分の2が応用物理学に関連した業績であることは、基礎と応用の垣根がなくなりつつあると同時に、物理学と社会や産業が密接に絡み合っていることを強く物語っている。
もともと物理学とは、自然界のあらゆる現象の背後に潜む法則を探究する学問である。古典力学、電磁気学、熱・統計力学、量子力学といった精緻な理論体系を基盤とし、自然科学全体を根本から支えている。現在では、素粒子物理学、物性物理学、宇宙物理学、生物物理学、化学物理学、地球物理学、原子・分子物理学など、多くの学問分野へと発展を続けている。
こうした物理学の進歩は、人類の知的好奇心によって突き動かされてきたが、各時代の社会背景や技術的課題と無関係に発展してきたわけではない。たとえば、熱力学は18世紀半ばから19世紀の産業革命を駆動した蒸気機関の原理を探求することから生まれた。また、量子力学は19世紀後半に製鉄業において溶鉱炉の温度とともに現れる光(黒体放射)の研究が契機となって誕生した。
このように壮大な歴史と体系を持つ物理学の最前線では、今日も未知への挑戦が続けられ、それによって新しい分野が開拓されることで、その研究領域は広がり続けている。そこでは、物理学の学問体系を社会や産業に応用することが、さらなる新しい基本原理の開拓へとつながっている。応用物理学は、このような基礎と応用の二重らせん的な発展を推進しながら、物理学の深化と社会変革の双方に挑戦する学問である。
学問の現状と課題
現代社会は、資源・環境・エネルギーといった深刻かつ複雑な課題を抱えている。たとえば、電子機器や自動車などの高性能化に欠かせないレアメタルは、戦略物質として国際的な緊張を高める要因となっている。また、AIの爆発的な普及を含む情報システムの急速な拡大は、膨大な電力消費をいかに抑えて環境への負荷を低減するかという課題を突きつけている。
応用物理学はこうした社会課題の解決に正面から挑戦している。資源問題の分野では、レアメタルを用いずに高機能を実現する新材料の開発や、超強力磁石や室温超伝導体といった革新的な新機能物質の創製が進められている。環境・エネルギー分野では、量子力学や統計力学の原理を活用した新しいアプローチが多方面で展開されている。たとえば、電子の自転運動に対応するスピンを利用したエレクトロニクス(スピントロニクス)は、電力消費を抜本的に削減しうる技術として期待されている。また、互いにクーロン力を通じて強く相互作用しあう電子の集団運動を制御することで、個々の電子からは想像もできない性質を引き出すことも可能となる。上述の磁性や超伝導はその最たる例である。さらには、電子の持つある種の数学的な性質(トポロジー)を積極的に利用することで、エネルギーロスのない夢の電気素子への挑戦も行われている。
最近では、従来のコンピュータでは不可能な計算を可能にする量子コンピュータの研究開発が活発に行われている。そこでは、超伝導体や半導体を用いて量子力学に従う計算ビット(量子ビット)を構成した量子コンピュータが開発され、実用に向けたビット数の向上や、それらの性能を最大限引き出すためのソフトウェア開発、さらには前述のトポロジーの概念を活用したトポロジカル量子計算の実現を目指した研究などが進められている。
光科学に関連した進展も著しい。20世紀半ばのレーザーの発明以来、純粋で強力な光を生成できるようになり、それを用いて原子や分子を捕獲・冷却することで、量子力学の世界を直接観察・制御することが可能となっている。さらには、捕獲した原子を格子状に並べることで、宇宙で最も正確な時計(光格子時計)を作る研究も進んでいる。また、光自体が量子力学的な粒子であることを利用して、いわゆる量子テレポーテーションの研究や、光を用いた量子コンピュータの開発も急速に展開している。
応用物理学は、ソフトマターや生命科学の分野にも深く関わっている。そこでは、分子の性質から望みの機能を生み出すソフトマターの開発や、神経物質の伝達過程の研究、脳内の微弱な電流進行分布を可視化するイメージング技術の開発など、多様な取り組みが進められている。
こうした取り組みを先導する理論的な研究も見逃せない。電子の集団運動の問題では、素粒子物理学で発展してきた場の量子論という学問体系を用いた研究が進展し、トポロジカルな電子状態を含む物質の新しい状態が次々と発見されている。超高速・超並列コンピュータを用いた計算物理学は、実験・理論に並ぶ第三の物理学として急速に発展し、物質の性質の解明だけでなく、計算機上で新しい物質をデザインすることも可能になりつつある。また、量子コンピュータの研究と並走する形で、量子情報操作や量子計算といった量子情報分野や、量子力学の世界における熱と情報の関係を記述する量子熱力学の分野が急激に進展しつつある。さらには、応用物理学はAIの研究開発領域にも広がっている。
応用物理学はこうした社会課題の解決に正面から挑戦している。資源問題の分野では、レアメタルを用いずに高機能を実現する新材料の開発や、超強力磁石や室温超伝導体といった革新的な新機能物質の創製が進められている。環境・エネルギー分野では、量子力学や統計力学の原理を活用した新しいアプローチが多方面で展開されている。たとえば、電子の自転運動に対応するスピンを利用したエレクトロニクス(スピントロニクス)は、電力消費を抜本的に削減しうる技術として期待されている。また、互いにクーロン力を通じて強く相互作用しあう電子の集団運動を制御することで、個々の電子からは想像もできない性質を引き出すことも可能となる。上述の磁性や超伝導はその最たる例である。さらには、電子の持つある種の数学的な性質(トポロジー)を積極的に利用することで、エネルギーロスのない夢の電気素子への挑戦も行われている。
最近では、従来のコンピュータでは不可能な計算を可能にする量子コンピュータの研究開発が活発に行われている。そこでは、超伝導体や半導体を用いて量子力学に従う計算ビット(量子ビット)を構成した量子コンピュータが開発され、実用に向けたビット数の向上や、それらの性能を最大限引き出すためのソフトウェア開発、さらには前述のトポロジーの概念を活用したトポロジカル量子計算の実現を目指した研究などが進められている。
光科学に関連した進展も著しい。20世紀半ばのレーザーの発明以来、純粋で強力な光を生成できるようになり、それを用いて原子や分子を捕獲・冷却することで、量子力学の世界を直接観察・制御することが可能となっている。さらには、捕獲した原子を格子状に並べることで、宇宙で最も正確な時計(光格子時計)を作る研究も進んでいる。また、光自体が量子力学的な粒子であることを利用して、いわゆる量子テレポーテーションの研究や、光を用いた量子コンピュータの開発も急速に展開している。
応用物理学は、ソフトマターや生命科学の分野にも深く関わっている。そこでは、分子の性質から望みの機能を生み出すソフトマターの開発や、神経物質の伝達過程の研究、脳内の微弱な電流進行分布を可視化するイメージング技術の開発など、多様な取り組みが進められている。
こうした取り組みを先導する理論的な研究も見逃せない。電子の集団運動の問題では、素粒子物理学で発展してきた場の量子論という学問体系を用いた研究が進展し、トポロジカルな電子状態を含む物質の新しい状態が次々と発見されている。超高速・超並列コンピュータを用いた計算物理学は、実験・理論に並ぶ第三の物理学として急速に発展し、物質の性質の解明だけでなく、計算機上で新しい物質をデザインすることも可能になりつつある。また、量子コンピュータの研究と並走する形で、量子情報操作や量子計算といった量子情報分野や、量子力学の世界における熱と情報の関係を記述する量子熱力学の分野が急激に進展しつつある。さらには、応用物理学はAIの研究開発領域にも広がっている。
カリキュラムと卒業後の進路
例として、東京大学工学部物理工学科のカリキュラムを紹介する(東京大学では2年生の後期から専門課程に入る)。
数学分野では、微積分、ベクトル解析、変分法、線形代数、複素関数論、フーリエ・ラプラス変換など、体系的な論理構造とその物理学への応用を学ぶ。物理分野では、古典力学、電磁気学、熱力学などを学習したのち、量子力学、統計力学、固体物理学、光学、量子情報などの現代物理の中核をなす内容を学ぶ。
これらに加え、計算科学、量子情報、機械学習、確率・統計手法などの科目も学ぶことができる。実験や演習が重視され、実践的な力を伴った基礎学力が身につく設計となっている。
4年生になると、各研究室に配属されて卒業論文研究に取り組み、教員や先輩の大学院生とともに日々議論を重ねながら最先端の研究を行う。これは何物にも代えがたい貴重な体験であり、研究計画の立案から研究の準備と実施、結果のとりまとめと成果発表までを主体的に遂行する経験は、将来どのような職業に就いても役立つ実践力となる。研究テーマは野心的かつ最先端のものとなっており、卒業論文が世界的に重要な研究成果となる例も多い。優秀な研究には卒業論文賞が与えられる。
卒業後は、多くの学生が大学院修士課程に進学し、そのうち3〜4割が博士課程に進んで博士号を取得し、その多くがプロの研究者として大学や企業・国立研究所などに就職する。東京大学では、国際卓越大学院教育プログラムをはじめとする多様な経済支援を行い、修士・博士課程一貫による次世代のリーダー養成を行っている。博士修了者だけでなく学士や修士修了者も、企業での研究開発や、官公庁、コンサル、シンクタンクといった場で応用物理学の知識を生かした仕事に就くなど、産官の広範な分野で活躍している。
数年で色褪せてしまうような知識や技術を身につけるだけでは、この激動の時代を生き抜くことは難しい。いつでも基本原理に立ち戻って考えられる力と、未踏の問題に挑戦するマインドを併せもつことが要求される。さらには、専門分野での確固たる専門性に基づき、異分野へ柔軟に越境していく力も求められる。応用物理学を学ぶことは、専門的な知識だけでなく、複雑で不確実な時代を生き抜く力を身につける点で、現代に最も適した選択肢の1つである。
数学分野では、微積分、ベクトル解析、変分法、線形代数、複素関数論、フーリエ・ラプラス変換など、体系的な論理構造とその物理学への応用を学ぶ。物理分野では、古典力学、電磁気学、熱力学などを学習したのち、量子力学、統計力学、固体物理学、光学、量子情報などの現代物理の中核をなす内容を学ぶ。
これらに加え、計算科学、量子情報、機械学習、確率・統計手法などの科目も学ぶことができる。実験や演習が重視され、実践的な力を伴った基礎学力が身につく設計となっている。
4年生になると、各研究室に配属されて卒業論文研究に取り組み、教員や先輩の大学院生とともに日々議論を重ねながら最先端の研究を行う。これは何物にも代えがたい貴重な体験であり、研究計画の立案から研究の準備と実施、結果のとりまとめと成果発表までを主体的に遂行する経験は、将来どのような職業に就いても役立つ実践力となる。研究テーマは野心的かつ最先端のものとなっており、卒業論文が世界的に重要な研究成果となる例も多い。優秀な研究には卒業論文賞が与えられる。
卒業後は、多くの学生が大学院修士課程に進学し、そのうち3〜4割が博士課程に進んで博士号を取得し、その多くがプロの研究者として大学や企業・国立研究所などに就職する。東京大学では、国際卓越大学院教育プログラムをはじめとする多様な経済支援を行い、修士・博士課程一貫による次世代のリーダー養成を行っている。博士修了者だけでなく学士や修士修了者も、企業での研究開発や、官公庁、コンサル、シンクタンクといった場で応用物理学の知識を生かした仕事に就くなど、産官の広範な分野で活躍している。
数年で色褪せてしまうような知識や技術を身につけるだけでは、この激動の時代を生き抜くことは難しい。いつでも基本原理に立ち戻って考えられる力と、未踏の問題に挑戦するマインドを併せもつことが要求される。さらには、専門分野での確固たる専門性に基づき、異分野へ柔軟に越境していく力も求められる。応用物理学を学ぶことは、専門的な知識だけでなく、複雑で不確実な時代を生き抜く力を身につける点で、現代に最も適した選択肢の1つである。



