何を学ぶ
生物は驚くべき機能を持ち、その多くは未解明。生物工学は生物の仕組みを理解・応用し、役立つ技術へとつなげる。数学、物理、情報科学も活用し、異分野と融合しながら発展を続ける。

清野 健(きよの けん)先生
大阪大学/大学院基礎工学研究科/教授
1972年岡山県生まれ。東京都立大学理学部物理学科卒、東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻修了、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員等を経て現職。専門は、生物工学、生体データ科学。
生命の不思議に挑む生物工学
生物は不思議な現象にあふれている。ヒトを含む動物、植物、細菌など、全ての生物は細胞の核内にDNAを持ち、そのDNAに含まれる遺伝情報が、それぞれの生物の成長の過程や形態、生存様式を決定している。また、ヒトの脳には約860億個の神経細胞(ニューロン)が存在し、それらが電気的に活動することで、視覚や聴覚、言語機能、新しいアイデアの創出など、さまざまな機能を実現している。生物が持つ多くの機能は、現代の科学的知見に基づき人が設計できるものをはるかに凌駕(りょうが)する巧妙さを備えている。そもそも、このような生物の構造や機能は、原始の海から自然に生物が誕生し、DNAの突然変異を繰り返す過程で獲得されてきたものである。そのような生物の機能や振る舞いには、未だに解明されていない問題が多く残されている。
生物は、科学的・工学的探究の対象として計り知れない可能性を秘めている。生物工学という学問分野は、生物の仕組みを理解することにとどまらず、その知見を機械や情報処理に応用し、さらには新たな医療診断や治療技術の開発へとつなげるなど、実社会に大きな恩恵をもたらす技術革新を目指すものである。とはいえ、生物工学がどのような学問かを一言で説明することは簡単ではない。なぜなら、生物を「どのように」理解し、「どのように」応用するかには決まった方法がなく、これまでになかった新しい発想やアプローチが特に重要とされるからである。
生物工学について正しいイメージを持ってもらうために、強調しておきたいことがある。それは、「生物工学」と、高校で学ぶ「生物学」は大きく異なるということである。生物工学は物理学、化学、数学、情報の知識や興味を生かせる分野である。もちろん、生物学や医学の知識があるに越したことはないが、それらは専門的な研究に取り組み始めてからでも学ぶことができる。
たとえば、生物の動きや脳の情報処理を理解するためには、数学や物理学を使った数理的アプローチが不可欠である。生物も機械やコンピュータと同じように、数式を使って表現し、数学や物理学の概念をもとに理解することができる。そのため、物理や数学が好きな高校生にも、生物工学という進路をぜひ検討してもらいたい。
実際、大学で生物工学を学ぶ学生の中には、受験時に生物を選択していなかった人も多い。大学によっては、生物を選択していた学生がほとんどいない場合もある。また、生物工学を専門とする先生方の経歴もさまざまである。学生の時には、物理学、機械工学、電気・電子工学、制御工学、情報科学、薬学、歯学、医学など、異なる分野を学んでいた先生が多くいる。それだけ、生物工学が幅広い知識と技術を融合させた学問であることがわかる。
つまり、生物工学は単なる「生物×工学」という図式ではその全貌をとらえきれない。なぜなら、その実体は「生物×さまざまな分野」という、明確な境界を持たない広範な学問領域だからである。このように、従来は独立していた学問分野が交わることを「学際融合」といい、生物工学は学際融合分野の代表例といえる。学際融合の視点から生物工学をとらえると、「生物×物理」では生命の仕組みを数式で解明し、「生物×化学」では生体適合性の高い新素材や医薬品を開発し、「生物×情報科学」では脳の仕組みを人工知能(AI)として再現するなど、多岐にわたる応用が見えてくる。しかし、これらは生物工学の一部に過ぎず、その可能性は今も広がり続けている。
生物は、科学的・工学的探究の対象として計り知れない可能性を秘めている。生物工学という学問分野は、生物の仕組みを理解することにとどまらず、その知見を機械や情報処理に応用し、さらには新たな医療診断や治療技術の開発へとつなげるなど、実社会に大きな恩恵をもたらす技術革新を目指すものである。とはいえ、生物工学がどのような学問かを一言で説明することは簡単ではない。なぜなら、生物を「どのように」理解し、「どのように」応用するかには決まった方法がなく、これまでになかった新しい発想やアプローチが特に重要とされるからである。
生物工学について正しいイメージを持ってもらうために、強調しておきたいことがある。それは、「生物工学」と、高校で学ぶ「生物学」は大きく異なるということである。生物工学は物理学、化学、数学、情報の知識や興味を生かせる分野である。もちろん、生物学や医学の知識があるに越したことはないが、それらは専門的な研究に取り組み始めてからでも学ぶことができる。
たとえば、生物の動きや脳の情報処理を理解するためには、数学や物理学を使った数理的アプローチが不可欠である。生物も機械やコンピュータと同じように、数式を使って表現し、数学や物理学の概念をもとに理解することができる。そのため、物理や数学が好きな高校生にも、生物工学という進路をぜひ検討してもらいたい。
実際、大学で生物工学を学ぶ学生の中には、受験時に生物を選択していなかった人も多い。大学によっては、生物を選択していた学生がほとんどいない場合もある。また、生物工学を専門とする先生方の経歴もさまざまである。学生の時には、物理学、機械工学、電気・電子工学、制御工学、情報科学、薬学、歯学、医学など、異なる分野を学んでいた先生が多くいる。それだけ、生物工学が幅広い知識と技術を融合させた学問であることがわかる。
つまり、生物工学は単なる「生物×工学」という図式ではその全貌をとらえきれない。なぜなら、その実体は「生物×さまざまな分野」という、明確な境界を持たない広範な学問領域だからである。このように、従来は独立していた学問分野が交わることを「学際融合」といい、生物工学は学際融合分野の代表例といえる。学際融合の視点から生物工学をとらえると、「生物×物理」では生命の仕組みを数式で解明し、「生物×化学」では生体適合性の高い新素材や医薬品を開発し、「生物×情報科学」では脳の仕組みを人工知能(AI)として再現するなど、多岐にわたる応用が見えてくる。しかし、これらは生物工学の一部に過ぎず、その可能性は今も広がり続けている。
生物工学の現状
生物工学の最新の研究トピックとして、遺伝子工学に関連した分野では、CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)という遺伝子編集技術が注目されている。これは、特定の遺伝子をねらって正確に書き換えることができる技術であり、医療や農業など幅広い分野で活用が進んでいる。たとえば、遺伝子を改変したブタの腎臓を人間に移植する研究が行われており、臓器不足の解決が期待されている。また、病気に強い作物を作るためにも使用され、収穫量の増加や農薬の使用削減につながっている。
脳・神経工学において注目される技術として、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)がある。BMIにより、脳内の情報を、直接、機械に伝達し、脳波信号をリアルタイムで解読することでロボットアームを動かしたり、文字を入力したりすることが可能となっている。BMI技術は、医療や福祉の分野で大きな役割を果たし、将来的には人間の能力を高める可能性がある。
再生医療・細胞工学では、失われた組織や臓器を修復・再生する技術が研究されている。特に、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いて心臓や神経の細胞を作る研究が進んでおり、心臓病や脊髄損傷の治療が現実に近づいている。また、バイオプリンティングという技術では、3Dプリンターで細胞を積み重ねて人工の皮膚や臓器を作る研究が進んでいる。これが実現すれば、移植用の臓器を人工的に作ることが可能となる。さらに、病気の研究や薬の開発にも活用されている。
バイオダイナミクス分野では、細胞や組織の力学特性の計測、生体機能のシミュレーション、生物模倣ロボットの開発などが進められている。これらの研究は、生物の動的な特性を理解し、その知見を医療や工学、環境分野へ応用することを目指している。
生体情報学は、コンピュータを用いて生物や医療関連のデータを分析する学問である。近年では、機械学習や深層学習などのAI技術を活用し病気の原因を特定したり、個人に合った薬を開発したりする研究が進んでいる。たとえば、がんの遺伝子データをAIが解析し、最適な治療法を見つける研究が行われている。また、スマートウォッチやウェアラブルセンサーを用いて心拍数や血糖値を測定し、病気の予兆を早期発見する技術も開発されている。
以上のように、生物工学分野は、学際的な連携と先端技術の融合によって発展しており、今後もさらなる広がりと技術革新が期待される。
脳・神経工学において注目される技術として、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)がある。BMIにより、脳内の情報を、直接、機械に伝達し、脳波信号をリアルタイムで解読することでロボットアームを動かしたり、文字を入力したりすることが可能となっている。BMI技術は、医療や福祉の分野で大きな役割を果たし、将来的には人間の能力を高める可能性がある。
再生医療・細胞工学では、失われた組織や臓器を修復・再生する技術が研究されている。特に、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いて心臓や神経の細胞を作る研究が進んでおり、心臓病や脊髄損傷の治療が現実に近づいている。また、バイオプリンティングという技術では、3Dプリンターで細胞を積み重ねて人工の皮膚や臓器を作る研究が進んでいる。これが実現すれば、移植用の臓器を人工的に作ることが可能となる。さらに、病気の研究や薬の開発にも活用されている。
バイオダイナミクス分野では、細胞や組織の力学特性の計測、生体機能のシミュレーション、生物模倣ロボットの開発などが進められている。これらの研究は、生物の動的な特性を理解し、その知見を医療や工学、環境分野へ応用することを目指している。
生体情報学は、コンピュータを用いて生物や医療関連のデータを分析する学問である。近年では、機械学習や深層学習などのAI技術を活用し病気の原因を特定したり、個人に合った薬を開発したりする研究が進んでいる。たとえば、がんの遺伝子データをAIが解析し、最適な治療法を見つける研究が行われている。また、スマートウォッチやウェアラブルセンサーを用いて心拍数や血糖値を測定し、病気の予兆を早期発見する技術も開発されている。
以上のように、生物工学分野は、学際的な連携と先端技術の融合によって発展しており、今後もさらなる広がりと技術革新が期待される。
大学での主な学科目の内容とカリキュラム
遺伝子工学分野のカリキュラムは、生物学・分子生物学、基礎化学・有機化学、生化学、細胞生物学、数学・統計学・データサイエンスなどを基礎科目として、生命科学から最新の遺伝子操作技術まで幅広く学ぶ構成となっており、バイオテクノロジー分野における研究・応用に直結する内容を学ぶことが特徴的である。
脳・神経工学分野のカリキュラムでは、生物学(神経生理学や細胞生物学)と情報工学・物理学の両基礎を学ぶ点が特徴である。たとえば、大阪大学基礎工学部生物工学コースのカリキュラムでは脳科学から物理・情報学・制御工学まで幅広く履修し、理学と工学の融合教育が行われる。
再生医療・細胞工学を学ぶ大学のカリキュラムは、生物学・生化学・分子生物学を基礎とし、より専門的な内容として、細胞培養技術、幹細胞生物学、組織学を中心に構成されている。実験科目ではES細胞・iPS細胞の培養、遺伝子導入技術、オルガノイド作製などを実践する。
バイオダイナミクス分野では、数学・物理や機械科学に根差した力学系科目(機械力学、流体力学、材料力学など)と、生物学や医学の基礎を組み合わせたカリキュラム構成が特徴である。学生はシミュレーション技術や計算モデリングも習得し、生体の複雑な動きを解析・再現するスキルを身につける。東京理科大学先進工学部生命システム工学科の例では、プログラミングやデザイン思考もカリキュラムに取り入れ、学際領域での問題解決力の養成を目指している。
生命情報学分野では、プログラミングや統計解析と、生物学(分子生物学・遺伝学など)の双方を必修とするケースが多い。生命情報学科では「生命をシステムとして理解するために、プログラミングを中心にシミュレーション技術や信号解析など高度ITを学ぶ」カリキュラムが組まれており、学生は実データを扱う演習を通じてデータサイエンス力も養う。
生物工学分野では、他の理工系学部と同じように、大学4年次に卒業研究を行う。学生は大学の研究室に所属し、指導教員のもとで具体的な研究テーマに取り組み、最後に論文を執筆し、発表を行うのが一般的である。卒業研究で所属する研究室によって、将来の専門分野が決まることが多いため、進学を考える際には、どのような研究室があるのかを事前に調べることが重要である。興味のある研究テーマが学べるかどうかを確認し、大学選びの参考にしてほしい。
脳・神経工学分野のカリキュラムでは、生物学(神経生理学や細胞生物学)と情報工学・物理学の両基礎を学ぶ点が特徴である。たとえば、大阪大学基礎工学部生物工学コースのカリキュラムでは脳科学から物理・情報学・制御工学まで幅広く履修し、理学と工学の融合教育が行われる。
再生医療・細胞工学を学ぶ大学のカリキュラムは、生物学・生化学・分子生物学を基礎とし、より専門的な内容として、細胞培養技術、幹細胞生物学、組織学を中心に構成されている。実験科目ではES細胞・iPS細胞の培養、遺伝子導入技術、オルガノイド作製などを実践する。
バイオダイナミクス分野では、数学・物理や機械科学に根差した力学系科目(機械力学、流体力学、材料力学など)と、生物学や医学の基礎を組み合わせたカリキュラム構成が特徴である。学生はシミュレーション技術や計算モデリングも習得し、生体の複雑な動きを解析・再現するスキルを身につける。東京理科大学先進工学部生命システム工学科の例では、プログラミングやデザイン思考もカリキュラムに取り入れ、学際領域での問題解決力の養成を目指している。
生命情報学分野では、プログラミングや統計解析と、生物学(分子生物学・遺伝学など)の双方を必修とするケースが多い。生命情報学科では「生命をシステムとして理解するために、プログラミングを中心にシミュレーション技術や信号解析など高度ITを学ぶ」カリキュラムが組まれており、学生は実データを扱う演習を通じてデータサイエンス力も養う。
生物工学分野では、他の理工系学部と同じように、大学4年次に卒業研究を行う。学生は大学の研究室に所属し、指導教員のもとで具体的な研究テーマに取り組み、最後に論文を執筆し、発表を行うのが一般的である。卒業研究で所属する研究室によって、将来の専門分野が決まることが多いため、進学を考える際には、どのような研究室があるのかを事前に調べることが重要である。興味のある研究テーマが学べるかどうかを確認し、大学選びの参考にしてほしい。
進路と就職
大学で学んだ生物工学の知識を最先端の研究や技術開発につなげたいと考えるのであれば、多くの場合、大学院へ進学し、研究力を養う必要がある。企業の研究・開発職を目指す場合、大学院の修士課程を修了してから企業に就職するケースが一般的である。また、大学や公的研究機関の研究職を目指す場合、修士課程修了後に博士課程まで進学し、博士号を取得することが求められる。
かつては、博士課程に進むと企業への就職が難しくなると考えられていた。しかし近年では、博士号を持つ人の高度な専門知識や技術力が企業でも評価され、多くの企業が博士号取得者の採用を増やしている。その影響もあり、企業に就職した後に、大学の博士課程で社会人として学び直す人も増えている。
また、大学では若手教員の不足が進んでいるという問題がある。学問を深く追究したい人は、大学教員になる道もぜひ検討してほしい。
学部を卒業、あるいは大学院を修了した学生の就職先は、医療機器、製薬、化粧品・化学品、食品・飲料関連の企業をはじめ、電気機械、自動車産業、インフラ業界、金融業界、商社など多岐にわたる。また、最近ではIT・データサイエンス分野の企業への就職者数も増加している。特に、AIを活用した生命科学研究の進展に伴い、データ分析の技術を生かせる人材の需要が高まっている。
かつては、博士課程に進むと企業への就職が難しくなると考えられていた。しかし近年では、博士号を持つ人の高度な専門知識や技術力が企業でも評価され、多くの企業が博士号取得者の採用を増やしている。その影響もあり、企業に就職した後に、大学の博士課程で社会人として学び直す人も増えている。
また、大学では若手教員の不足が進んでいるという問題がある。学問を深く追究したい人は、大学教員になる道もぜひ検討してほしい。
学部を卒業、あるいは大学院を修了した学生の就職先は、医療機器、製薬、化粧品・化学品、食品・飲料関連の企業をはじめ、電気機械、自動車産業、インフラ業界、金融業界、商社など多岐にわたる。また、最近ではIT・データサイエンス分野の企業への就職者数も増加している。特に、AIを活用した生命科学研究の進展に伴い、データ分析の技術を生かせる人材の需要が高まっている。

