何を学ぶ
動物の生命、生産、共生と環境について、野生動物から動物園動物、伴侶動物、実験動物、産業動物まで、あらゆる動物を対象に、分子から個体・集団まで、広く・深く追求する。

半澤 惠(はんざわ めぐむ)先生
東京農業大学/名誉教授
1959年東京都生まれ。東京農業大学大学院博士後期課程中退。同大学助手を経て、現職。専門は動物生理学、動物生命科学。著書に『動物遺伝学』、訳書に『哺乳類と鳥類の生理学』(ともに分担)など。
畜産学・動物学とは?
畜産学・動物学は、ヒトと関わる全ての動物を対象とする応用科学である。まず動物性食品に目を向けると、和牛の霜降り肉は世界でも高級牛肉の代名詞、WAGYUとして定着している。日本の卵は世界的にも珍しく生で食べられるほど衛生的であり、江戸時代から根づく卵料理を支えている。一方、再生医療で注目を浴びているiPS細胞実用化の道を開いたのは動物生殖学である。インフルエンザやコロナなどヒトと動物に共通するウイルス病の対策は動物衛生学が担っている。また、ヒトの遺伝病の研究はメンデルの再発見の時から動物遺伝学を基礎とする。さらに、人と動物とのよりよい関係づくりは、動物福祉や動物介在療法(アニマルセラピー)を踏まえて、家畜(産業動物)や実験動物に加えて野生動物、動物園・水族館動物や伴侶動物も対象としている。
動物に関する3つの“生”に集約される畜産学・動物学
生命科学:生命の奏でる奇跡のハーモニーを解き明かす
生体成分を網羅的に解析する技術が発展し、動物の体内では、約250種類に分化した数10兆個の細胞が、約2万種の遺伝子からつくりだされる数10万種類のタンパク質と、その翻訳を制御する5万種類以上のRNAを駆使して(遺伝学)、代謝産物、ホルモンや神経の相互作用(生理学)によって生命活動を営んでいることが判明している(分子生物学)。得られた知識は動物の能力の向上(育種学)や遺伝病の予防(遺伝学)などに活用されると共に、医学にも貢献している。また、能力の高い動物の子孫を残す技術はすでに半世紀以上前に実用化され、近年は雌雄を自由に生み分ける技術も利用されている(生殖学・細胞工学)。家畜で発展した生殖技術はヒトの不妊治療や再生医療の基礎となっている。
生産科学:食を中心に安心・安全で豊かな生活を育む
畜産学の原点である。「生産科学」の前に「家畜」をつけ加えると「家畜生産科学」、これを省略すると「畜産学」となる。家畜生産から畜産物の製造・販売まで、すなわち飼い方(管理学)、エサ(飼料)の与え方(飼養学)、増やし方(繁殖学)、改良の仕方(育種学)、病気の予防・治療(衛生学)、畜産物の利用法(利用学・加工学)、動物舎や関連機器(施設学・機械学)、廃棄物の処理・活用(環境科学)、動物や畜産物の流通・販売(経営学・経済学)を対象としている。ニワトリは年間で体重の10倍以上の卵を生み、ブロイラーの体重は生まれてから1か月半で40倍以上になる。乳牛は子牛1頭を育てるのに必要な量の40倍以上の牛乳を生産する。これらの能力を支えるための飼料の国産化、未利用資源の飼料化やロボット・ドローンやAIを活用した高度かつ効率的な管理法を研究している。一方、ウシの胃内で発生する温室効果ガスや家畜の排泄物などの環境への負荷を減らす研究や、安心・安全で美味しく生産者の利益にもつながる付加価値の高い国産畜産物を安定的に供給する6次産業に結びつけるための研究も含まれる。
共生科学:ともに生きるものを理解し、よりよい関係を追求する
牧場の動物と働き手、そしてその周辺で暮らす人々の生活環境を改善し、ヒトも動物ものびのびと快適な生活を送れるようにすることは大切な研究テーマである。日本に動物はどれくらい生息しているのだろうか。日本の人口と日本に生息する動物の数を比較してみよう。家畜のウシは30人で1頭、ブタ、イヌ、ネコは10人で1匹。ニワトリは1人で2.5羽ずつ飼っていることになる。一方、野生のシカは70人で1匹、イノシシは160人で1匹、サルは600人で1匹になる。野生動物の農作物に対する被害は、年間180億円になる。家畜飼育地域は、野性動物の生息地域と住宅・都市地域との間の緩衝地帯としても注目されている。過疎化などによって放置された山林や農地は、牧草地・放牧地として活用することで、環境保全、生物多様性の維持、そして防災に役立つ。一方、野生動物はジビエ料理に加え、生態系・里山の保全に重要な存在であるとともに、環境への適応力、病気への抵抗力など将来役に立つ未知の可能性を秘めた貴重な資源でもある。伴侶動物は家族の一員として、介護動物はリハビリを補助し(介在療法学)、盲導犬・聴導犬は飼い主のパートナーとなる。警察犬・麻薬犬、災害救助犬なども大切な存在である。イヌは2万年以上前、最初に家畜化された動物で、ヒトの社会構造そのものがイヌの祖先であるオオカミの社会をまねしたものだとする考え方さえある。さらに、動物の命と生活の質を大切に考え、動物の生態・行動を理解し(生態学、行動学)、快適な生活空間を共有するための研究(福祉学)とともに、飼育動物についてはそれぞれの用途に適した性格と能力を持つ個体の選択も研究している(育種学)。
現状と課題
畜産学・動物学は社会の期待度の高まりに応える形で領域を大きく広げ、“畜産”という言葉のイメージからは想像しにくい分野も開拓している。そのため、学科名もさまざまであり、同じ内容が大学によって別の言葉で表現されていることもある。また、畜産学・動物学分野のうち生命科学は生物学分野で、生産科学のなかでも利用・加工学は農芸化学分野で、経営・経済学は農業経済学分野で、さらに共生科学は獣医学分野でも研究されている。このことは、受験生の皆さんにとって畜産学・動物学のわかりにくさ、大学・学部・学科選びでの迷いにもつながっていると思う。各大学・各学科の内容をSNS、パンフレット、模擬講義、見学会などを通じて十分に把握してほしい。
カリキュラム
3つの「生」のそれぞれの領域に分けて、主な科目の例を挙げよう。初出のもの、分かりにくいものは、解説をつけた。なおそれぞれの科目名の前に「動物」、「家畜あるいは畜産」という言葉がついている場合が多い。
【生命科学】 分子生物学、生化学=体に含まれる成分の役割と代謝など。免疫学=白血球や消化器官、皮膚などが体を守る仕組みやその活用法。細胞工学=細胞や組織の操作・活用技術。発生学=精子や卵子が個体になる過程の解明とその活用。栄養学=各種栄養素の働き。ほかに解剖学(形態機能学)、生理学(生体機構学)、遺伝子工学、生殖工学、進化学。
【生産科学】 管理学、飼養学、飼料学・草地学、繁殖学、育種学、衛生学、利用学・加工学、施設学・機械学、環境科学、経営学・経済学、市場流通論。
【共生科学】 心理学=動物の「心」を知る。環境科学=循環、自然、森林、草地など。資源学=動物の有用資源としての保全。介在療法学=動物のリハビリなどへの活用。ほかに生態学、行動学、野生動物学、動物園論、福祉学。
資格関連科目
必要な単位を取ると取得できる資格は多い。ただし、大学によって異なるので、必ず確認してほしい。中学校理科、高等学校理科・農業の「教員免許状」、図書館の専門職員になるための「司書」、博物館・公共の動物園などで専門職員になるための「学芸員」、食品関連施設や学校・病院などの給食施設の監視指導を行う「食品衛生監視員」などの資格を取れることがある。また、ウシやブタの人工授精、ならびにウシの受精卵移植を行う「家畜人工授精師」、家畜のエサの製造・保存を指導する「飼料製造管理者」、畜産食品の製造・加工施設の衛生管理を監督する「食品衛生管理者」、鶏肉の衛生的な処理を監督する「食鳥処理衛生管理者」、ペットの栄養管理や指導に活用できる「ペット栄養管理士」、医学・薬学などの実験に活用する動物を取り扱う「実験動物技術者」などの資格もある。
進路
大学院への進学率はやや増える傾向にある。就職先は、公務員(動物[畜産]研究所、動物検疫など)、教員(理科、農業)など教育機関、図書館、動物園・観光牧場、飼料製造、食品の製造業・流通業、製薬会社などの研究開発・製造・営業部門、実験動物管理、調教師・装削蹄師、ペット業界、青年海外協力隊、畜産企業、畜産後継者や新規就農者もいる。
畜産学・動物学を目指す皆さんへ
基礎科目として生物学と化学に加え、理解力の元になる国語、英語、数学は重要だ。また情報(コンピュータサイエンスや生成型人工知能[AI])の活用は近年急速に重要性を増している。大学では、これらの科目を高校までに十分に学習できなかった場合でも、高校レベルの基礎知識を身につけられる科目を用意している。
もっと重要なことがある。大学は、受け身で指導を待つ所ではない。日頃から実物に触れる体験に積極的に取り組み、例えばインターンシップを通じて、動物飼育施設や関連産業の現場での実習にチャレンジして欲しい。
動物という必ずしも自分の思い通りにならない“命”を身近に感じることが、畜産学・動物学の第一歩である。その上で、人は動物(家畜)の“命”をいただいて衣食住を得る一方、野生動物をみて感動し、動物園動物との触れ合い、伴侶動物との共同生活から“いやし”を得ている。厳しい見方をすれば、人は自分の都合で動物から命や自由などさまざまなものを奪っているとも言える。現役を引退した家畜など役割を終えた動物たちにどのように接したらよいのだろう。未来を担う諸君が、畜産学・動物学を学び、人と動物とのよりよい関係、ユートピアを構築する担い手になることを期待している。
もっと重要なことがある。大学は、受け身で指導を待つ所ではない。日頃から実物に触れる体験に積極的に取り組み、例えばインターンシップを通じて、動物飼育施設や関連産業の現場での実習にチャレンジして欲しい。
動物という必ずしも自分の思い通りにならない“命”を身近に感じることが、畜産学・動物学の第一歩である。その上で、人は動物(家畜)の“命”をいただいて衣食住を得る一方、野生動物をみて感動し、動物園動物との触れ合い、伴侶動物との共同生活から“いやし”を得ている。厳しい見方をすれば、人は自分の都合で動物から命や自由などさまざまなものを奪っているとも言える。現役を引退した家畜など役割を終えた動物たちにどのように接したらよいのだろう。未来を担う諸君が、畜産学・動物学を学び、人と動物とのよりよい関係、ユートピアを構築する担い手になることを期待している。

