何を学ぶ
One Healthの理念に則り動物の健康と福祉を通じて世界の多様性と人間の幸福について考えることができる動物のプロフェッショナルになることを目指す学問。

山﨑 真大(やまさき まさひろ)先生
北海道大学/大学院獣医学研究院/教授
1972年生まれ。北海道大学獣医学部卒。北海道大学助手、准教授、岩手大学教授を経て2025年から現職。専門は獣医内科学。
獣医学とは?
獣医学とは端的にいえば「獣医師になるための学問」であり、獣医師国家試験を受験し、合格することが学習の最大の目標になる。しかし一口に「獣医師」といってもその対象とする動物は現代では産業動物(家畜)、伴侶動物(いわゆるペット、家庭動物)、実験動物、展示動物(動物園あるいは水族館動物)、野生動物と、獣医学の役割は多岐にわたっている(図1)。加えて、人の健康に関わる公衆衛生分野も獣医師の重要な職域である。一人の獣医師がこれら全てを専門とすることは困難であり、それぞれの分野において関連する学問との連携、協力が重要になる。そのなかで獣医師は動物の体の仕組み、病原体、病気の診断と治療方法を理解し、動物と人および環境の関わりについて考察することができるプロフェッショナルとなるための学問である。
日本における獣医学の歴史
日本における獣医師は、初期には農業における家畜および兵力としての馬の病気に対応する職業であった。明治維新後の1873年(明治6年)、東京に陸軍の馬医学舎が開設され、これが日本における獣医学教育の開始とされる。この後太平洋戦争の終わりまで、主に軍馬ならびに家畜の医学を中心に農学部畜産学科の一部として獣医学教育が実践されていた。戦後、GHQにより人の健康と食品の安全に関わる獣医公衆衛生、食品衛生の重要性が示され、全国の大学に農学部獣医学科あるいは獣医学部が設置された。終戦直後は食糧難であり、獣医師の役割は主に食の安定供給に直結する家畜診療であった。高度成長期に入り、人びとの暮らしに余裕が出てきた頃から家庭で飼育される犬猫の診療を行う動物病院が増え、現在ではウサギや齧歯類(げっしるい)、鳥類、爬虫類などのエキゾチックアニマルを専門とする病院も存在する。一方、医学・薬学研究に必要となる実験動物についても獣医師がその管理を担っており、ライフサイエンスの発展にも寄与している。加えて動物園、水族館で飼育する展示動物についても疾病の治療や種の保存、保護等が盛んに行われるようになってきた。このように獣医師に対する社会的ニーズが増えるにつれ、4年間の教育課程では全てを教育することが不可能となり1984年(昭和59年)に獣医学教育は6年制に移行した。さらに近年、One World, One Health(一つの地球、一つの健康)の理念に基づき、環境が健康であり、そこに暮らす動物たちも健康で多様性を維持できなければ人類も健康でいられないとの観点から国を越えて広がる感染症や公害を含め、動物とそれらが暮らす環境の健康を維持する目的で野生動物の管理も獣医師の役割となってきている。このように獣医師の役割は社会の発展とともに広がってきている。
獣医学の現状と課題
従来、獣医系国公立大学では私立大学に比べ1校あたりの規模が小さいことから欧米の大学に比べて十分な教育が行えていないのではないかとの懸念があった。このことから、最低限教えるべき科目・内容として「コア・カリキュラム」を設定し、どの大学に入学しても同じことが学べるよう、教育改善を続けている。このコア・カリキュラムは国際獣疫事務局(WOAH)の提唱する「獣医師になった1日目から身につけておくべき知識・技能・態度」を統合した概念であるDay One Competencies (D1C)を達成できるように設定されており、コア・カリキュラムに沿って学んだ全ての獣医師が国際的通用性を有することを目指している。このD1Cにおいては獣医臨床、公衆衛生、家畜衛生などの実践的な知識、技能を身につけることが求められており、学生の十分な実技訓練が要求される。一方で、学生実習のために数多くの動物を利用することは動物福祉の観点から問題であり、実習の方法も変化してきている。前臨床教育においては、生きた動物を使用する機会は減少し、模型を使った採血などの実習が主流になってきている。また、将来的にはAIやVRシステムを利用した教育システムが発展していくだろう。ただし、模型等での訓練のみでD1Cを達成することは困難であるので全国の大学の附属動物病院にて飼い主のいる動物を対象にした「参加型臨床実習」へのシフトが進んでいる。これは教員の診察を見学する従来の「見学型実習」ではなく、学生が附属動物病院にて教員の指導の下、飼い主から問診をとり、患者である動物に対して実施可能な獣医療行為を行う実習であり、この活動を通じて学生はD1Cを満たす知識と技能を身につける。獣医師免許を持たない学生が飼い主のいる動物に獣医療行為を実施するにあたり最低限の質を保証する必要があり、参加型臨床実習を受講するために必要な知識と技術を身につけていることを証明するために、Computer Based Testing (CBT)という知識を問う試験と、Objective Structured Clinical Examination(OSCE)という基本的臨床手技の実技試験(併せて共用試験と呼ぶ)を受験し、合格する必要がある。
このように教育改善が継続されているものの、獣医系国公立大学の規模が小さいという問題点は未だ残ったままである。これを改善するため2大学で教育連携を積極的に行う共同教育課程が山口大学―鹿児島大学、岐阜大学―鳥取大学、岩手大学―東京農工大学、北海道大学―帯広畜産大学の間で整備され、より大きな規模での充実した教育が提供できるよう努力がなされている。たとえば岩手大学―東京農工大学においては東京の学生が岩手県にて充実した産業動物臨床を、岩手の学生が東京で都市部の伴侶動物臨床を経験できるなど、この取り組みは一定の効果を出しているが大学間の地理的な距離があり十分な連携ができていない点や、この枠組みに加わっていない大学もあるため将来に向けてさらなる発展が望まれる。
上記の取り組みの成果として幾つかの大学では獣医学教育のレベルが国際的に遜色ないものと認められ、ヨーロッパ獣医学教育機関協会(EAEVE)の国際認証を取得した。これらの大学の経験が全国大学で共有され獣医学教育の質改善につながり、日本の獣医師が世界中どこでも活躍できるようになることが期待される。
他方で、上述の参加型臨床実習の受講のために高学年の学生は多くの時間を附属動物病院にて活動することになった。従前、高学年の学生は研究室に所属し多くの時間を卒業研究に費やしていたが十分な時間が確保できなくなってきている。獣医学において研究は、病気になった時の生物、臓器、細胞の変化を理解し、鳥インフルエンザや豚熱などの病原体を理解し、がん等の病気の新しい予防法、診断法、治療法を開発するために必要なものであり、獣医学の発展のためには欠かせない。したがって、研究に興味を持ってもらうためにどのように研究に費やす時間を確保するかが今後の課題である。
このように教育改善が継続されているものの、獣医系国公立大学の規模が小さいという問題点は未だ残ったままである。これを改善するため2大学で教育連携を積極的に行う共同教育課程が山口大学―鹿児島大学、岐阜大学―鳥取大学、岩手大学―東京農工大学、北海道大学―帯広畜産大学の間で整備され、より大きな規模での充実した教育が提供できるよう努力がなされている。たとえば岩手大学―東京農工大学においては東京の学生が岩手県にて充実した産業動物臨床を、岩手の学生が東京で都市部の伴侶動物臨床を経験できるなど、この取り組みは一定の効果を出しているが大学間の地理的な距離があり十分な連携ができていない点や、この枠組みに加わっていない大学もあるため将来に向けてさらなる発展が望まれる。
上記の取り組みの成果として幾つかの大学では獣医学教育のレベルが国際的に遜色ないものと認められ、ヨーロッパ獣医学教育機関協会(EAEVE)の国際認証を取得した。これらの大学の経験が全国大学で共有され獣医学教育の質改善につながり、日本の獣医師が世界中どこでも活躍できるようになることが期待される。
他方で、上述の参加型臨床実習の受講のために高学年の学生は多くの時間を附属動物病院にて活動することになった。従前、高学年の学生は研究室に所属し多くの時間を卒業研究に費やしていたが十分な時間が確保できなくなってきている。獣医学において研究は、病気になった時の生物、臓器、細胞の変化を理解し、鳥インフルエンザや豚熱などの病原体を理解し、がん等の病気の新しい予防法、診断法、治療法を開発するために必要なものであり、獣医学の発展のためには欠かせない。したがって、研究に興味を持ってもらうためにどのように研究に費やす時間を確保するかが今後の課題である。
大学でのカリキュラム
獣医系大学に入学するとまず1年次には一般教養を学ぶ(図2)。一般教養は自身の獣医師としての哲学を醸成し、違う学問分野に触れることで獣医学に対する新しい視点が加わるので、異なる分野についても積極的に学んでほしい。
いずれの大学でもおおよそ2年次より専門教育すなわち獣医学の教育が始まる。初期には解剖学、生化学、生理学、発生学、微生物学などの基礎獣医学を学ぶ。この基礎獣医学科目は正常な動物の体、臓器、細胞の機能などを学ぶものであり、のちに病気の状態と対比させるための動物の基礎を学ぶ。
基礎科目を修めた後は応用および臨床獣医学として獣医公衆衛生学、家畜衛生学、獣医内科学、獣医外科学などを学ぶ。獣医公衆衛生学および家畜衛生学では人が安心して暮らせるよう、食の安全安心につながる多くのことを学ぶ。獣医内科学や獣医外科学など臨床系科目では産業動物や伴侶動物を中心に病気の診断、治療および予防方法を学ぶ。これらの知識は展示動物、野生動物にも応用される。
多くの大学で5年次と6年次の高学年では参加型臨床実習と卒業研究が設定されている。参加型臨床実習では臨床の現場を経験し、D1Cに必要な知識・技術を習得する。卒業研究は学部(学科)内の研究室に所属し、研究を経験するものである。この卒業研究を通じて獣医師として必要な論理的な考え方、実験での検証方法、発表による表現方法を学ぶ。一方で、高学年において発展科目として大学ごとの特色ある教育を行っている大学も多い。この発展科目では学生は大学ごとの特色ある科目を自由に選択し、自身の将来のキャリアにとって必要な知識と技術を身につける。つまり、高学年になると自分が将来どの専門の獣医師になるかを考え、進む進路を目指して研究室を選び、発展科目を履修するか考える。全ての単位を取得したのち、6年次の2月に獣医師国家試験を受験する。
いずれの大学でもおおよそ2年次より専門教育すなわち獣医学の教育が始まる。初期には解剖学、生化学、生理学、発生学、微生物学などの基礎獣医学を学ぶ。この基礎獣医学科目は正常な動物の体、臓器、細胞の機能などを学ぶものであり、のちに病気の状態と対比させるための動物の基礎を学ぶ。
基礎科目を修めた後は応用および臨床獣医学として獣医公衆衛生学、家畜衛生学、獣医内科学、獣医外科学などを学ぶ。獣医公衆衛生学および家畜衛生学では人が安心して暮らせるよう、食の安全安心につながる多くのことを学ぶ。獣医内科学や獣医外科学など臨床系科目では産業動物や伴侶動物を中心に病気の診断、治療および予防方法を学ぶ。これらの知識は展示動物、野生動物にも応用される。
多くの大学で5年次と6年次の高学年では参加型臨床実習と卒業研究が設定されている。参加型臨床実習では臨床の現場を経験し、D1Cに必要な知識・技術を習得する。卒業研究は学部(学科)内の研究室に所属し、研究を経験するものである。この卒業研究を通じて獣医師として必要な論理的な考え方、実験での検証方法、発表による表現方法を学ぶ。一方で、高学年において発展科目として大学ごとの特色ある教育を行っている大学も多い。この発展科目では学生は大学ごとの特色ある科目を自由に選択し、自身の将来のキャリアにとって必要な知識と技術を身につける。つまり、高学年になると自分が将来どの専門の獣医師になるかを考え、進む進路を目指して研究室を選び、発展科目を履修するか考える。全ての単位を取得したのち、6年次の2月に獣医師国家試験を受験する。
卒業後の進路
現代の獣医師の対象動物は多様であり、獣医師の職域は広くさまざまな進路が存在する。以下にその概略を解説する。
産業動物関連の仕事として、各地域の農業共済組合などの組織や開業動物病院にて繁殖管理や個体診療に従事する。近年では病気の発生を抑え生産性を高めるために農場を管理すること(群管理・プロダクションメディスン)も獣医師の職務になってきた。また、国家公務員、地方公務員として感染症などの病気の発生を予想し、予防策を講じることや、発生時の対応が獣医師の役目である。
伴侶動物臨床はいわゆる町の動物病院である。近年では日常的に利用する動物病院(1次診療施設)に加え、大病のときに紹介される2次診療施設が存在する。一昔前は個人経営の動物病院が多く修行を積んで独立、開業を目指すことが多かったが、近年では診療科ごとの専門診療を行う大きな動物病院や企業経営の動物病院も増えており、勤務医として就職する学生も増加している。
実験動物に関わる仕事は主に研究職である。獣医学・医学・薬学などの研究においては病気を再現するモデル動物として実験動物を利用することが多く、動物を扱える獣医師の役割は大きい。したがって研究機関および製薬会社などにおいて獣医師のニーズは高い。加えて使用する実験動物の数はなるべく減らし、苦痛を与えないように実施することが望ましく、この点について管理、指導を行うことも獣医師の重要な役割である。
展示動物に対して獣医師は健康管理を担うことになるが、動物園等では多種多様な種の動物を相手にしなければならず、その取り扱いも特殊で難しいことが多い。このため学んだことを広く活用し、常に勉強を続ける必要がある。また、動物園等には希少動物の種の保存という役割もあり、各施設で連携して繁殖を行い、国内の展示動物の維持管理も行っている。
野生動物関係の仕事は比較的新しく、多種多様なものが存在する。対象とする動物種や地域によって必要とされるものが異なり、自らの取り組みたいことを実現できる職場を探す必要がある。そのなかでも獣医師は動物に対してさまざまな技術と知識を有しており、麻酔薬などの薬を利用できるため重要な役割となる。この分野では獣医師のみならず森林科学や環境科学などの専門家との連携が重要であり、今後も発展していくだろう。
そのほか重要な職域として獣医公衆衛生分野があり、主に行政によって担われている。例としては飲食店で食中毒が発生したときに検査や処分の決定に関わっているのが獣医師である。このほか、上下水道を管理し、温泉などで病気が発生しないように水質管理をしているのも獣医師である。
最後に、獣医学は医学や薬学、農学などと関係が深いため、獣医師は国、地方自治体、大学、企業などさまざまな研究施設で多くのライフサイエンスに関する研究に参加しており、感染症やがんなどの病気の研究、免疫学などの基礎研究に従事する獣医師が多く存在する。
産業動物関連の仕事として、各地域の農業共済組合などの組織や開業動物病院にて繁殖管理や個体診療に従事する。近年では病気の発生を抑え生産性を高めるために農場を管理すること(群管理・プロダクションメディスン)も獣医師の職務になってきた。また、国家公務員、地方公務員として感染症などの病気の発生を予想し、予防策を講じることや、発生時の対応が獣医師の役目である。
伴侶動物臨床はいわゆる町の動物病院である。近年では日常的に利用する動物病院(1次診療施設)に加え、大病のときに紹介される2次診療施設が存在する。一昔前は個人経営の動物病院が多く修行を積んで独立、開業を目指すことが多かったが、近年では診療科ごとの専門診療を行う大きな動物病院や企業経営の動物病院も増えており、勤務医として就職する学生も増加している。
実験動物に関わる仕事は主に研究職である。獣医学・医学・薬学などの研究においては病気を再現するモデル動物として実験動物を利用することが多く、動物を扱える獣医師の役割は大きい。したがって研究機関および製薬会社などにおいて獣医師のニーズは高い。加えて使用する実験動物の数はなるべく減らし、苦痛を与えないように実施することが望ましく、この点について管理、指導を行うことも獣医師の重要な役割である。
展示動物に対して獣医師は健康管理を担うことになるが、動物園等では多種多様な種の動物を相手にしなければならず、その取り扱いも特殊で難しいことが多い。このため学んだことを広く活用し、常に勉強を続ける必要がある。また、動物園等には希少動物の種の保存という役割もあり、各施設で連携して繁殖を行い、国内の展示動物の維持管理も行っている。
野生動物関係の仕事は比較的新しく、多種多様なものが存在する。対象とする動物種や地域によって必要とされるものが異なり、自らの取り組みたいことを実現できる職場を探す必要がある。そのなかでも獣医師は動物に対してさまざまな技術と知識を有しており、麻酔薬などの薬を利用できるため重要な役割となる。この分野では獣医師のみならず森林科学や環境科学などの専門家との連携が重要であり、今後も発展していくだろう。
そのほか重要な職域として獣医公衆衛生分野があり、主に行政によって担われている。例としては飲食店で食中毒が発生したときに検査や処分の決定に関わっているのが獣医師である。このほか、上下水道を管理し、温泉などで病気が発生しないように水質管理をしているのも獣医師である。
最後に、獣医学は医学や薬学、農学などと関係が深いため、獣医師は国、地方自治体、大学、企業などさまざまな研究施設で多くのライフサイエンスに関する研究に参加しており、感染症やがんなどの病気の研究、免疫学などの基礎研究に従事する獣医師が多く存在する。
獣医学を志す学生さんへ
上述の通り、獣医師になるには大学に6年間通い、多くのことを学ばなければならない。このハードな6年間を乗り越え、国家試験に合格するには「獣医師になりたい」という強いモチベーションが必要だろう。何よりも動物が好きで獣医師になりたいと思ったら、この拙文を読み獣医師の仕事を理解した上で進路として選んでほしい。6年間で獣医学の幅広い役割を理解し、動物の幸福を考え、さらに人の幸福に貢献する獣医師が多く生まれることを願っている。


