何を学ぶ
人、動物、環境が互いに支え合い、健康・健全であり続けるための多様な知恵を学び、生み出す学問。その資質を備えた獣医師として活躍すべく、動物医学・医療の基礎を学ぶ。

稲葉 睦(いなば むつみ)先生
北海道大学/大学院獣医学研究院/教授
1960年生まれ。北海道大学獣医学部卒。北海道大学助手・講師、東京大学助教授を経て2002年から現職。専門は内科学、生化学、細胞生物学。
獣医学とは? 獣医師とは?
獣医学の役割と目的は多岐にわたるが、国内外を問わず、大きくは次の4点にまとめられる。
●産業動物の臨床や公衆衛生、食品衛生を通じて安全な畜産食品の供給とその産業基盤の発展に寄与する
●伴侶動物の臨床を通じて国民の健康や生活の質の向上に貢献する
●野生動物の保護や種の保存を通じて環境・自然保護に貢献する
●動物生命科学の研究を通し先端生命科学・医学の発展に寄与する
これらは、人、動物、そして環境の健康と健全は相互に強く関連したものであること(いわゆる“One Health”の概念である)、そして、この“人・動物・環境の健康と健全”の“環”をつなぐ学問が獣医学である、ということを意味している。獣医学を学び獣医師・獣医学士となる者は、その“環”をつなぐ資質・能力を備え、“環”を構成する一人として、将来、伴侶動物・産業動物の医療、ライフサイエンス、公衆衛生、畜産・食品・製薬等の各種産業、大学での研究・教育等、幅広い領域での役割をアクティブに果たせる人材となることが要求される(図1)。
大学で過ごす6年間に皆さんが目指すのは、卒業したその日から、“獣医師の卵”として、それぞれの職場の一員としての務めを果たすに足りる基本的な知識、技術、そして考える力を習得することである。これは、いわゆる“Day One Competencies”と呼ぶ、卒業時に身につけているべき能力・素養として世界中の獣医学教育が目指しているものである。
「どれかひとつの専門家なら、それだけで十分では?」残念だがそうはいかない。“人・動物・環境の健康と健全の環”をつなぐ役割を果たすためには、基礎から臨床まで幅広く、かつ深い学習と自ら思考する力の鍛錬が当然必要である。さらに“人・動物・環境の健康と健全の環”はボーダーレスであるから“Day One Competencies”にも、世界に通用する高い水準が求められており、国内の各大学は、特に臨床、公衆衛生、家畜衛生などの実践的な教育の強化と内容・方法の拡充、学びの質の向上はもちろん、海外大学との交流を介した国際的視点の涵養など、多様な工夫を重ねている。
●産業動物の臨床や公衆衛生、食品衛生を通じて安全な畜産食品の供給とその産業基盤の発展に寄与する
●伴侶動物の臨床を通じて国民の健康や生活の質の向上に貢献する
●野生動物の保護や種の保存を通じて環境・自然保護に貢献する
●動物生命科学の研究を通し先端生命科学・医学の発展に寄与する
これらは、人、動物、そして環境の健康と健全は相互に強く関連したものであること(いわゆる“One Health”の概念である)、そして、この“人・動物・環境の健康と健全”の“環”をつなぐ学問が獣医学である、ということを意味している。獣医学を学び獣医師・獣医学士となる者は、その“環”をつなぐ資質・能力を備え、“環”を構成する一人として、将来、伴侶動物・産業動物の医療、ライフサイエンス、公衆衛生、畜産・食品・製薬等の各種産業、大学での研究・教育等、幅広い領域での役割をアクティブに果たせる人材となることが要求される(図1)。
大学で過ごす6年間に皆さんが目指すのは、卒業したその日から、“獣医師の卵”として、それぞれの職場の一員としての務めを果たすに足りる基本的な知識、技術、そして考える力を習得することである。これは、いわゆる“Day One Competencies”と呼ぶ、卒業時に身につけているべき能力・素養として世界中の獣医学教育が目指しているものである。
「どれかひとつの専門家なら、それだけで十分では?」残念だがそうはいかない。“人・動物・環境の健康と健全の環”をつなぐ役割を果たすためには、基礎から臨床まで幅広く、かつ深い学習と自ら思考する力の鍛錬が当然必要である。さらに“人・動物・環境の健康と健全の環”はボーダーレスであるから“Day One Competencies”にも、世界に通用する高い水準が求められており、国内の各大学は、特に臨床、公衆衛生、家畜衛生などの実践的な教育の強化と内容・方法の拡充、学びの質の向上はもちろん、海外大学との交流を介した国際的視点の涵養など、多様な工夫を重ねている。
産業動物の健康と人の健康
産業動物とは、牛、豚、羊、鶏など、その生産物や労働力などを利用するために飼育される動物のことである。畜産の現場では実にさまざまな疾患が、日々、産業動物の健康を脅かしその生産性の低下をもたらしている。加えて、口蹄疫(こうてい えき)、インフルエンザや豚熱などの感染症は、もし発生すれば甚大な被害を畜産業と社会に及ぼす。獣医学のもっとも根本的な使命の一つは、これら多様な家畜疾病の適確な診断・治療と予防により産業動物の健康を守り、家畜と生産物の生産性を維持、向上させることにある。
同時に、病原体や有害物質を含まない安全な畜産生産物を社会の消費者に届けることも獣医師のきわめて重要な責務である。たとえば皆さんの口に入る牛、豚、鶏などの食肉は、全て獣医師による検査を受けて安全が保証されており、流通から小売店やレストランに至る現場の衛生管理・対策にも獣医師が目を光らせている。つまり、さまざまな職域の獣医師が、多様な立場から人間社会の食の安全や公衆衛生の確保の役割を担っているのである。
同時に、病原体や有害物質を含まない安全な畜産生産物を社会の消費者に届けることも獣医師のきわめて重要な責務である。たとえば皆さんの口に入る牛、豚、鶏などの食肉は、全て獣医師による検査を受けて安全が保証されており、流通から小売店やレストランに至る現場の衛生管理・対策にも獣医師が目を光らせている。つまり、さまざまな職域の獣医師が、多様な立場から人間社会の食の安全や公衆衛生の確保の役割を担っているのである。
伴侶動物の健康
私たちの生活にもっとも身近な犬や猫は獣医学・獣医療のなかで、今やもっとも大きな位置を占めている。産業動物と違って、人間に直接には利益をもたらさない犬や猫は、決して獣医学の適当な対象ではなかった。しかし、社会が物質面で充足されるに従い、人間の精神生活面の充実が求められるようになり、犬や猫は単にペットとして飼われる地位を越え、家族の一員としての立場を獲得した。その立場を表すのが、人間のよき友という意味での「伴侶動物」である。なお、馬は、産業動物の側面ももつが、基本的には“大きな伴侶動物”というのが世界中の受け止め方である。
伴侶動物に対する獣医療の考え方は、今や人間の医療と基本的に大きくは異ならない。大学の附属動物病院ではCTやMRIによる画像診断が当たり前になっており、たとえば内視鏡手術のような高度獣医療も珍しくはなくなっている。
重要なのは、人間と伴侶動物の境界を明確に区別しつつ、両者のよい関係が文化として根づくよう、獣医師が的確な役割を果たすことである。
伴侶動物に対する獣医療の考え方は、今や人間の医療と基本的に大きくは異ならない。大学の附属動物病院ではCTやMRIによる画像診断が当たり前になっており、たとえば内視鏡手術のような高度獣医療も珍しくはなくなっている。
重要なのは、人間と伴侶動物の境界を明確に区別しつつ、両者のよい関係が文化として根づくよう、獣医師が的確な役割を果たすことである。
環境と獣医学
地球の自然環境は近年著しく悪化している。その影響を真っ先に受けるのは野生動物である。
人間活動の広域化に加えて加速度的な地球温暖化、その影響で人間社会と野生動物の間までもがボーダーレス化してしまい、互いに不幸な結果を招いている。人間の立場で言えば、日本でも熊や鹿による農作物の被害や遭遇による被害が各地で頻発している。新型コロナウイルス感染症やエボラ出血熱に代表される、人間社会にこれまでなかった病原体による感染症(=新興感染症)や環境汚染の甚大な被害なども動物を取り巻く環境の変化による面が大きく、いわゆる人獣共通感染症の制圧や環境保全への取り組みは、今後ますます重要な課題となる。
どうしたら人間と自然に生きる動物とがうまく折り合いをつけて共存できるのか? 獣医学は、こうした問いにも応える義務がある。
人間活動の広域化に加えて加速度的な地球温暖化、その影響で人間社会と野生動物の間までもがボーダーレス化してしまい、互いに不幸な結果を招いている。人間の立場で言えば、日本でも熊や鹿による農作物の被害や遭遇による被害が各地で頻発している。新型コロナウイルス感染症やエボラ出血熱に代表される、人間社会にこれまでなかった病原体による感染症(=新興感染症)や環境汚染の甚大な被害なども動物を取り巻く環境の変化による面が大きく、いわゆる人獣共通感染症の制圧や環境保全への取り組みは、今後ますます重要な課題となる。
どうしたら人間と自然に生きる動物とがうまく折り合いをつけて共存できるのか? 獣医学は、こうした問いにも応える義務がある。
生命科学としての獣医学
あらゆる生き物が、いかにして生命を維持しているのか、そもそも生命とは何か、その仕組みを追究するのが生命科学である。動物の生命を直接に扱う獣医学は、貴重な知見を提供する場である。
特に病気の状態の生命活動を、遺伝子、タンパク質、細胞、組織・臓器、そして個体という全てのレベルで観察して正常な状態と比較し、本来の生命活動の仕組みを明らかにできるのは、獣医学における研究のまさに醍醐味といえる。
近年のiPS細胞やゲノム編集技術を用いた研究の展開は素晴らしいが、実存する生命個体の異常を見つめる獣医学研究の意義も決して色あせるものではない。むしろ斬新な知見の宝庫なのである。
特に病気の状態の生命活動を、遺伝子、タンパク質、細胞、組織・臓器、そして個体という全てのレベルで観察して正常な状態と比較し、本来の生命活動の仕組みを明らかにできるのは、獣医学における研究のまさに醍醐味といえる。
近年のiPS細胞やゲノム編集技術を用いた研究の展開は素晴らしいが、実存する生命個体の異常を見つめる獣医学研究の意義も決して色あせるものではない。むしろ斬新な知見の宝庫なのである。
6年間の学習過程
6年間の学習の過程を説明しよう(図2)。まず、入学後の1年間は一般教養教育/科学教育の基礎が行われるのが一般的である。ここは決して高校の延長ではない。社会人としての教養と科学の基礎を学びながら、その後の知的訓練の方法と習慣を身につける重要な期間である。2年次以降、専門教育の初期段階では、基礎獣医学である解剖学、生理学、生化学、発生学、微生物学などの講義と実習が行われ、動物の正常な構造や機能、また病原体に関する知識を習得する。
次いで、臨床ならびに応用獣医学として、臨床診断学、内科学、外科学、公衆衛生学などの講義と実習で、病気の診断、治療、予防法や家畜の生産性向上などの知識を学ぶ。
多くの大学では、5年次から附属動物病院や学外で、大・小動物(産業動物と伴侶動物)の診療参加型臨床実習が行われる。これは、診療業務に診療スタッフの一員として参加し、実際の症例動物の診断・治療を通して知識、手技、考え方を習得する実践的な実習である。獣医療行為を行うこの実習を履修するためには、「共用試験」に合格することが必要である(後述)。「獣医師」を「木」にたとえれば、概ね、ここまでが獣医師としての能力と素養の太い「幹」を作りあげる過程である。同時に、5年次からは研究室に所属し、教員の指導のもとにテーマを設定して研究や調査に取り組み、論理的な考え方や実験での検証法、表現方法を磨き、課題研究論文/卒業論文を完成させる。この段階は、個々の学生がそれぞれの志向や将来の職業に向けて、その「枝」をしっかりと伸ばす過程といえる。その上で「獣医師国家試験」に合格し、晴れて「獣医師」となるのである。
このように、6年間の学習は、そのそれぞれの段階が“Day One Competencies”を身につけるために大切な意味を持っている。したがって、動物や生物学に対する強い好奇心はもとより、人間社会や科学を含めたさまざまな事象への関心を抱き続けることが肝腎である。また、獣医学が社会と密接に関連していること、社会からのニーズと支援によって成り立っていることを強く意識しながら学ぶ姿勢が必要である。
実習では、動物の生命を犠牲にしなければならぬこともある。臨床の現場では、動物の生命を救えない場面も少なくない。産業動物の獣医学は、本来が健康な動物の効率的生産と利用を目的としており、その大半は動物の生命を奪うことに帰結する。「動物が好き」という理由だけで獣医学を選択すべきではないことを充分に認識すべきである。
一般に、獣医学部/獣医学科の学生が1日のうち大学で過ごす時間は、数ある学部のなかでもっとも長い。午前中は朝から講義、午後は実習で夜になることもあり、もちろん予習と復習が欠かせない。5年次以降は、臨床実習と卒業論文研究に、それを過ぎると国家試験に向けた勉強に没頭する日々となる。
次いで、臨床ならびに応用獣医学として、臨床診断学、内科学、外科学、公衆衛生学などの講義と実習で、病気の診断、治療、予防法や家畜の生産性向上などの知識を学ぶ。
多くの大学では、5年次から附属動物病院や学外で、大・小動物(産業動物と伴侶動物)の診療参加型臨床実習が行われる。これは、診療業務に診療スタッフの一員として参加し、実際の症例動物の診断・治療を通して知識、手技、考え方を習得する実践的な実習である。獣医療行為を行うこの実習を履修するためには、「共用試験」に合格することが必要である(後述)。「獣医師」を「木」にたとえれば、概ね、ここまでが獣医師としての能力と素養の太い「幹」を作りあげる過程である。同時に、5年次からは研究室に所属し、教員の指導のもとにテーマを設定して研究や調査に取り組み、論理的な考え方や実験での検証法、表現方法を磨き、課題研究論文/卒業論文を完成させる。この段階は、個々の学生がそれぞれの志向や将来の職業に向けて、その「枝」をしっかりと伸ばす過程といえる。その上で「獣医師国家試験」に合格し、晴れて「獣医師」となるのである。
このように、6年間の学習は、そのそれぞれの段階が“Day One Competencies”を身につけるために大切な意味を持っている。したがって、動物や生物学に対する強い好奇心はもとより、人間社会や科学を含めたさまざまな事象への関心を抱き続けることが肝腎である。また、獣医学が社会と密接に関連していること、社会からのニーズと支援によって成り立っていることを強く意識しながら学ぶ姿勢が必要である。
実習では、動物の生命を犠牲にしなければならぬこともある。臨床の現場では、動物の生命を救えない場面も少なくない。産業動物の獣医学は、本来が健康な動物の効率的生産と利用を目的としており、その大半は動物の生命を奪うことに帰結する。「動物が好き」という理由だけで獣医学を選択すべきではないことを充分に認識すべきである。
一般に、獣医学部/獣医学科の学生が1日のうち大学で過ごす時間は、数ある学部のなかでもっとも長い。午前中は朝から講義、午後は実習で夜になることもあり、もちろん予習と復習が欠かせない。5年次以降は、臨床実習と卒業論文研究に、それを過ぎると国家試験に向けた勉強に没頭する日々となる。
新しい獣医学教育への転換
さて、そういう獣医学教育であるが、実は従来の日本の教育は、海外と比べて臨床や公衆衛生、家畜衛生などの実践的な教育が軽んじられてきた点は否めない。今、日本の獣医学教育は、学術教育と専門職としての訓練の両立により、世界に通用する“Day One Competencies”を備えた獣医師を養成する教育への大きな転換期にある。
その基本になるのが「コア・カリキュラム」である。これは全国の学生が「最低限これだけは」習得すべき能力・素養であり、前述の「幹」である。このコアの上に、各大学が「できればここまで」あるいは「是非ここまで」というアドバンストな学習を設定し、基礎、臨床、公衆衛生など各分野で国際水準を満たす、あるいは上まわる能力の獲得を目指すことになる。特に獣医学・獣医療の根幹である臨床教育の強化は最重要課題であり、前述の「診療参加型臨床実習」の充実と強化が各大学で進められている。この実習で実際の症例の診療に携わりながら学ぶには、前臨床課程で、それに必要な基本的知識、技術、素養・態度を身につけることが必須である。「共用試験」は、それを確かめるための、全国大学で共通に行う試験であり、知識を問うCBT(Computer-Based Testing)と臨床手技の基本を問うOSCE(Objective Structured Clinical Examination)の両者に合格しなければならない。
一方では、こうした教育改善のために、教育組織の充実が不可欠である。そのための仕組みの代表が、共同教育課程であり、現在、北海道大学・帯広畜産大学、岩手大学・東京農工大学、岐阜大学・鳥取大学、山口大学・鹿児島大学という4つの共同獣医学教育体制が整備され、効果的な教育の実践に務めている。
その基本になるのが「コア・カリキュラム」である。これは全国の学生が「最低限これだけは」習得すべき能力・素養であり、前述の「幹」である。このコアの上に、各大学が「できればここまで」あるいは「是非ここまで」というアドバンストな学習を設定し、基礎、臨床、公衆衛生など各分野で国際水準を満たす、あるいは上まわる能力の獲得を目指すことになる。特に獣医学・獣医療の根幹である臨床教育の強化は最重要課題であり、前述の「診療参加型臨床実習」の充実と強化が各大学で進められている。この実習で実際の症例の診療に携わりながら学ぶには、前臨床課程で、それに必要な基本的知識、技術、素養・態度を身につけることが必須である。「共用試験」は、それを確かめるための、全国大学で共通に行う試験であり、知識を問うCBT(Computer-Based Testing)と臨床手技の基本を問うOSCE(Objective Structured Clinical Examination)の両者に合格しなければならない。
一方では、こうした教育改善のために、教育組織の充実が不可欠である。そのための仕組みの代表が、共同教育課程であり、現在、北海道大学・帯広畜産大学、岩手大学・東京農工大学、岐阜大学・鳥取大学、山口大学・鹿児島大学という4つの共同獣医学教育体制が整備され、効果的な教育の実践に務めている。
皆さんの準備は?
獣医師の仕事は国民の日常生活や産業経済、地球環境をさまざまな面から支えている。しかも今、その教育は、世界に通用する内容とレベルへの転換によって「国際通用性」を、これまでの強みである研究マインドを養成する教育をさらに強化することで「国際競争力」を、それぞれ強める過程にある。獣医学部を志望する皆さんには、ぜひ再度周辺に目を向け、獣医学と獣医療の役割と意義を考えて学習に望んでもらいたい。自然科学と人文科学の両者、さらにコロナ災禍や戦禍の先の国内外社会を視野に入れ、好奇心と思考する頭を養ってもらいたい。そういう諸君を大学と社会は待っている。


