何を学ぶ
自然科学や社会科学、工学などの多様な学問分野で構成される総合科学。森林の恵みを永続的に享受するための森林と人間社会のよりよい関係の構築について総合的に学ぶ。

伊藤 哲(いとう さとし)先生
宮崎大学/農学部/教授
1964年宮崎県生まれ。九州大学農学部卒。九州大学農学部助手、宮崎大学農学部助手、助教授を経て現職。専攻は造林学、森林生態学。著書には『保持林業』(共著)、『低コスト再造林への挑戦』(共著)、『木本植物の生理生態』(共著)などがある。
森林と人間の関係の科学
森林科学はその名の通り森林を主な対象としており、森林生態系の成り立ちや、これを構成する生き物の生活を探求することが、森林科学の中心部分にある。森林の生き物を対象に含む学術分野は農学系学部以外にも存在するが、それらと比べた時の一番大きな特徴は、森林科学がそのスタートから森林と人間との関わりを重視していることである。
人間は遥か昔から、森林のさまざまな“恩恵”を享受してきた。例えば、森林は木材や食料など生活に必要な資源を得る場所であり、同時に水源を涵養し洪水を緩和してくれる緑のダムとして人の生活を支えている。また美しい森林景観は人の心を癒し、地域の文化や芸術の源泉としても恩恵をもたらしてくれる。森林は樹木だけでなく動物や昆虫、微生物などさまざまな生き物の住処でもあり、これら生き物同士の役割分担と相互作用は、森林を成立させ維持する精緻なメカニズムとして森林が私たちに恩恵をもたらす基礎の部分を担っている。
一方、人間による森林資源の利用のほとんどは、森林の破壊(攪乱)を伴う。その典型が森林の伐採である。しかし、攪乱は自然界でもさまざまな要因で起きており、攪乱によってできた空間を次の世代の樹木が修復することで森林は存続し続ける。この森林生態系の復元力(レジリエンス)があるからこそ、人間は攪乱を繰り返しながら森林資源を利用し続けてこられた。これが、森林が「再生可能な資源」と呼ばれる理由である。
ただし、「再生可能」とは一定のルールの範囲内の話である。実際には、地球上のいろいろな地域で大規模な伐採や開発が森林生態系の復元力の許容範囲を超えてしまい、人びとが森林の恩恵を受けにくくなる事態が何度も生じた(つまり森と人との関係が崩れた)のも事実であり、残念ながら今も生じ続けている。
人間は遥か昔から、森林のさまざまな“恩恵”を享受してきた。例えば、森林は木材や食料など生活に必要な資源を得る場所であり、同時に水源を涵養し洪水を緩和してくれる緑のダムとして人の生活を支えている。また美しい森林景観は人の心を癒し、地域の文化や芸術の源泉としても恩恵をもたらしてくれる。森林は樹木だけでなく動物や昆虫、微生物などさまざまな生き物の住処でもあり、これら生き物同士の役割分担と相互作用は、森林を成立させ維持する精緻なメカニズムとして森林が私たちに恩恵をもたらす基礎の部分を担っている。
一方、人間による森林資源の利用のほとんどは、森林の破壊(攪乱)を伴う。その典型が森林の伐採である。しかし、攪乱は自然界でもさまざまな要因で起きており、攪乱によってできた空間を次の世代の樹木が修復することで森林は存続し続ける。この森林生態系の復元力(レジリエンス)があるからこそ、人間は攪乱を繰り返しながら森林資源を利用し続けてこられた。これが、森林が「再生可能な資源」と呼ばれる理由である。
ただし、「再生可能」とは一定のルールの範囲内の話である。実際には、地球上のいろいろな地域で大規模な伐採や開発が森林生態系の復元力の許容範囲を超えてしまい、人びとが森林の恩恵を受けにくくなる事態が何度も生じた(つまり森と人との関係が崩れた)のも事実であり、残念ながら今も生じ続けている。
持続可能性の科学
森林科学の前身である林学は、私たちが現在の森林から享受しているさまざまな恩恵を、私たちの子孫も永続的に享受し続けるための学問として誕生した。林学の根底にあるこの思想は現代社会の世界的な共通課題となった「持続可能性(サステナビリティ)」とほぼ同義である。森林のさまざまな恩恵を「多面的機能」と呼び、これをバランスよく発揮させ続けられるような「森林と人間社会のよりよい関係」を構築することが、昔も今も変わらぬ森林科学の最大の目標である。100年以上前から持続可能性を主題として発展してきたことは、森林科学が最も誇れる点であろう。
2000年代の初頭に国連主導で実施された「ミレニアム生態系評価(MA)」では、20世紀に起きた地球上の生態系の著しい劣化が明らかとなった。SDGsの多くはこの問題の解決策とリンクしている。このMAの枠組みで見てみると、持続可能性の科学としての森林科学が見えてくる。
MAでは生態系からの恩恵を「生態系サービス」と呼び、人間への直接的なサービスを①供給サービス(生態系の生産物)、②調整サービス(環境調節など)、③文化サービス(非物質的な利益)に分類して評価している。また、①~③を持続的に発揮するために必要とされる生態系の健全性を保つはたらきを④基盤サービスと位置付け、生態系が健全であるためには生物多様性が保たれる必要があることを訴えている。森林科学は、これらすべてをカバーしているのである。森林科学は木材生産という①供給サービスだけを対象に持続的な「よりよい関係」を考えているわけではない。洪水緩和などの②調整サービスも、レクレーション利用や地域文化の維持といった③文化サービスもその対象とする。当然、生態系の健全性を保つ一次生産や土壌生成、物質循環などの④基盤サービスも森林科学の根幹をなす対象であり、そこに介在する生物多様性と生物間相互作用も、森林科学の基盤的な研究対象である。こうしてみると、森林科学が古くからマルチな生態系サービスの持続を目指しているのがわかる。
2000年代の初頭に国連主導で実施された「ミレニアム生態系評価(MA)」では、20世紀に起きた地球上の生態系の著しい劣化が明らかとなった。SDGsの多くはこの問題の解決策とリンクしている。このMAの枠組みで見てみると、持続可能性の科学としての森林科学が見えてくる。
MAでは生態系からの恩恵を「生態系サービス」と呼び、人間への直接的なサービスを①供給サービス(生態系の生産物)、②調整サービス(環境調節など)、③文化サービス(非物質的な利益)に分類して評価している。また、①~③を持続的に発揮するために必要とされる生態系の健全性を保つはたらきを④基盤サービスと位置付け、生態系が健全であるためには生物多様性が保たれる必要があることを訴えている。森林科学は、これらすべてをカバーしているのである。森林科学は木材生産という①供給サービスだけを対象に持続的な「よりよい関係」を考えているわけではない。洪水緩和などの②調整サービスも、レクレーション利用や地域文化の維持といった③文化サービスもその対象とする。当然、生態系の健全性を保つ一次生産や土壌生成、物質循環などの④基盤サービスも森林科学の根幹をなす対象であり、そこに介在する生物多様性と生物間相互作用も、森林科学の基盤的な研究対象である。こうしてみると、森林科学が古くからマルチな生態系サービスの持続を目指しているのがわかる。
総合科学としての森林科学
森林科学は日本では農学系学部の一分野として位置づけられることが多いが、農学系の他の分野に比べると総合科学としての色合いはかなり強く、海外では森林科学が学部や単科大学として存在することが多い。
農学系の学部は、「農学」、「農芸化学」、「農業工学」、「農業経済学」など、基礎となる学問が異なりアプローチもそれぞれ特化した分野で構成されているが、森林科学内の分野の多様さも、農学系学部全体のそれに匹敵する。例えば、農学に相当する造林学の他、森林工学、森林経済学、木質化学など、自然科学だけでなく人文・社会科学や工学との接点を持つ数多くの分野が森林科学のなかに共存する。
また、森林科学は人間との関わりを重視しているので、森林生態系と構成要素に関わる生命科学的な領域に加えて、人が利用する資源の科学としての領域が充実しており、収穫後の資源の高度利用を担う木質材料の科学も大きな領域を形成している。さらに、森林は単なる木質資源の生産の場所ではなく、私たちの生活環境や地域環境・地球環境とも密接に関連しているため、防災・減災も含めた環境の科学としての領域も森林科学のなかで重要な位置を占める。これらの分野・領域が、「森林と人間社会のよりよい関係の構築」を目標に集まり、森林科学という一つの総合的な巨大学問分野を形成しているのである。
農学系の学部は、「農学」、「農芸化学」、「農業工学」、「農業経済学」など、基礎となる学問が異なりアプローチもそれぞれ特化した分野で構成されているが、森林科学内の分野の多様さも、農学系学部全体のそれに匹敵する。例えば、農学に相当する造林学の他、森林工学、森林経済学、木質化学など、自然科学だけでなく人文・社会科学や工学との接点を持つ数多くの分野が森林科学のなかに共存する。
また、森林科学は人間との関わりを重視しているので、森林生態系と構成要素に関わる生命科学的な領域に加えて、人が利用する資源の科学としての領域が充実しており、収穫後の資源の高度利用を担う木質材料の科学も大きな領域を形成している。さらに、森林は単なる木質資源の生産の場所ではなく、私たちの生活環境や地域環境・地球環境とも密接に関連しているため、防災・減災も含めた環境の科学としての領域も森林科学のなかで重要な位置を占める。これらの分野・領域が、「森林と人間社会のよりよい関係の構築」を目標に集まり、森林科学という一つの総合的な巨大学問分野を形成しているのである。
森林科学への期待と研究動向
持続可能性が全世界共通のキーワードとなった今ほど、森林と森林科学に対する期待が高まっているときはない。例えば、SDGsの17目標のうち「15 陸の豊かさを守ろう」が森林科学の最も貢献すべき目標なのは明白だが、これも含めて実に14個の目標が森林と関係しており森林科学の貢献が期待されている。その研究動向を生命、環境、資源、国際というキーワードで見てみよう。
生命:近年のゲノム研究の進展は著しい。樹木を対象とした研究でも、木材生産のための品種改良だけでなく、花粉症対策としての無花粉スギの開発や、全国で猛威を振るうマツ材線虫病(松枯れ)抵抗性育種など、人の健康や生態系の健全性のための研究も推進されている。また、樹木集団の遺伝的多様性や種分化、繁殖と個体群の維持機構や、微生物との共生関係など、生物多様性の創出・維持機構を解明する研究も加速度的に進展している。
環境:最も重大な環境問題の一つが気候変動であり、森林減少はこれに大きな影響を与えている。国連気候変動枠組条約締結国会議(COP)でもその重要性が認識され、世界中で実態の分析や森林のCO2吸収モデルの開発等が進められている。また、気候変動に伴う異常気象によって過去に経験しなかったような洪水・土砂災害が増加し、海外では大規模な山火事が頻発している。こうしたなか、グリーンインフラ(例えば緑のダム)としての生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)が、気候変動適応の重要なアプローチとして注目を集めている。
資源:カーボンニュートラルな資源である木材の高度活用の研究として、木造建築の高層化や木材からの生分解性プラスチック製造などの先端技術開発が進められている。また、森林での木材生産をより持続的なものにするために、温暖化・乾燥化に適応できる品種の作出や自然災害に強い森林造成技術、DX技術を用いた低コスト・低負荷型の森林管理技術の開発も行われている。
国際:砂漠化や乱伐による熱帯林の減少といった従来からの問題に加えて、現在は経済発展やCO2吸収源としての人工林造成が地域の自然や文化を危機に晒すといった問題も生じており、これを解決する自然・人文・社会科学からの総合的なアプローチの必要性も高まっている。森林科学は、世界中のさまざまな地域の異なる文化や価値観を尊重した森林―社会システムの構築を目指すときに来ている。
生命:近年のゲノム研究の進展は著しい。樹木を対象とした研究でも、木材生産のための品種改良だけでなく、花粉症対策としての無花粉スギの開発や、全国で猛威を振るうマツ材線虫病(松枯れ)抵抗性育種など、人の健康や生態系の健全性のための研究も推進されている。また、樹木集団の遺伝的多様性や種分化、繁殖と個体群の維持機構や、微生物との共生関係など、生物多様性の創出・維持機構を解明する研究も加速度的に進展している。
環境:最も重大な環境問題の一つが気候変動であり、森林減少はこれに大きな影響を与えている。国連気候変動枠組条約締結国会議(COP)でもその重要性が認識され、世界中で実態の分析や森林のCO2吸収モデルの開発等が進められている。また、気候変動に伴う異常気象によって過去に経験しなかったような洪水・土砂災害が増加し、海外では大規模な山火事が頻発している。こうしたなか、グリーンインフラ(例えば緑のダム)としての生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)が、気候変動適応の重要なアプローチとして注目を集めている。
資源:カーボンニュートラルな資源である木材の高度活用の研究として、木造建築の高層化や木材からの生分解性プラスチック製造などの先端技術開発が進められている。また、森林での木材生産をより持続的なものにするために、温暖化・乾燥化に適応できる品種の作出や自然災害に強い森林造成技術、DX技術を用いた低コスト・低負荷型の森林管理技術の開発も行われている。
国際:砂漠化や乱伐による熱帯林の減少といった従来からの問題に加えて、現在は経済発展やCO2吸収源としての人工林造成が地域の自然や文化を危機に晒すといった問題も生じており、これを解決する自然・人文・社会科学からの総合的なアプローチの必要性も高まっている。森林科学は、世界中のさまざまな地域の異なる文化や価値観を尊重した森林―社会システムの構築を目指すときに来ている。
森林科学のカリキュラム
森林科学は、森林に関する幅広い専門知識を有することはもちろん、これらを総合化できる資質を備えた人材の育成を目指している。そのため、自然科学系から人文・社会科学系、工学系まで、非常に多岐にわたる科目が準備されている。たとえば、実際の森林の育成・管理に直結する応用科目として造林学、森林保護学、森林遺伝育種学、森林計画学、森林経済学、森林利用学などがあり、防災に関しては砂防学や森林保全学、レクレーション利用や森林景観に関しては森林風致工学や環境緑地学などがある。木質材料科学系では、木材の性質・加工・利用に関する科目群、木質バイオマスの化学的利用に関する科目群がある。これらを支える専門基礎的な科目として、森林植物学、森林動物学、森林生態学、樹木生理学や、供給・調整サービスの基盤に関わる森林水文学、森林立地学などがある。近年はUAVや地上レーザーをはじめとする新しい計測・センシング技術やAIなどの発達に伴って教育内容も高度化・多様化し、空間情報やゲノム情報などビッグデータを扱うデータサイエンス的な科目も加わって、複数の応用面にまたがる基礎技術学が構築されつつある。
幅広い講義科目とともに、森林科学のカリキュラムを特徴づけるのは豊富な野外実習科目だろう。多くの大学が附属演習林での野外実習に重点を置いたカリキュラムを組んでいる。学生は講義で学んだ知識を体験し、自分の頭で考え判断して使う技術として身につける。さらに、野外での共同作業や宿泊実習を通して他人と協働することの大事さと難しさを学ぶ。近年は複数の大学の演習林で他大学の学生を受け入れ単位を認定する実習が開講されている。これを活用すれば、自然環境や社会背景の異なる地域での実習を他大学の学生と一緒に受けることができるので、受講生のジェネラリティ(広汎的な適応力)と人間力はさらに磨かれる。
カリキュラムの最後にある卒業研究では、それまでに身につけた知識や技術をフル稼働させて、重要な「問い」を見つけ、これに答えるためにデータを集めて分析し、その結果を考察して卒業論文にまとめる。知識や技術以外にも社会で求められる要素が多く詰まったプロセスなのが想像できるだろう。森林と人間との関わりの持続可能性を総合的にとらえる視点は、このようにして養われる。この世界の探求に魅せられた学生は大学院に進学し、研究者としてその道を究める。この知識・技術を早く社会で生かしたいと考え、学部卒や修士修了時に就職する学生も多い。その主な就職先も、林野庁や環境省、国土交通省などの国家公務員や地方公務員、林業や製紙、住宅などの木材関連企業、環境・土木関連コンサルタント企業、商社など多岐にわたっている。
幅広い講義科目とともに、森林科学のカリキュラムを特徴づけるのは豊富な野外実習科目だろう。多くの大学が附属演習林での野外実習に重点を置いたカリキュラムを組んでいる。学生は講義で学んだ知識を体験し、自分の頭で考え判断して使う技術として身につける。さらに、野外での共同作業や宿泊実習を通して他人と協働することの大事さと難しさを学ぶ。近年は複数の大学の演習林で他大学の学生を受け入れ単位を認定する実習が開講されている。これを活用すれば、自然環境や社会背景の異なる地域での実習を他大学の学生と一緒に受けることができるので、受講生のジェネラリティ(広汎的な適応力)と人間力はさらに磨かれる。
カリキュラムの最後にある卒業研究では、それまでに身につけた知識や技術をフル稼働させて、重要な「問い」を見つけ、これに答えるためにデータを集めて分析し、その結果を考察して卒業論文にまとめる。知識や技術以外にも社会で求められる要素が多く詰まったプロセスなのが想像できるだろう。森林と人間との関わりの持続可能性を総合的にとらえる視点は、このようにして養われる。この世界の探求に魅せられた学生は大学院に進学し、研究者としてその道を究める。この知識・技術を早く社会で生かしたいと考え、学部卒や修士修了時に就職する学生も多い。その主な就職先も、林野庁や環境省、国土交通省などの国家公務員や地方公務員、林業や製紙、住宅などの木材関連企業、環境・土木関連コンサルタント企業、商社など多岐にわたっている。

