何を学ぶ
私たちが生きる世界の全てを対象にしたモノやコトをカタチ化する分野。ただし、それは単に美しいモノを作る行為ではない。それを通してこの世界が美しくなることを目指すのだ。

地主 廣明(ぢぬし ひろあき)先生
東京造形大学/造形学部/名誉教授
1958年生まれ。東京造形大学卒業後、プラス(株)でチーフデザイナー、研究所所長を歴任。1987年より本学。著書に『オフィスの夢─集合知:100人が語る新世代のオフィス』など。
デザインと再現性
私たちが暮らしているこの社会は、デザインによって作られ構成されていると言っても過言ではない。周りを見渡してみよう。これを読んでいるあなたが仮に都市に住んでいれば、そこは都市デザイナーが関与しているかもしれないし、家の中にいるのであれば住宅デザイナーやインテリアデザイナーが関わっているかもしれない。その椅子は家具デザイナーが関わり、照明器具、家電、ガレージの車は、いずれもプロダクトデザイナーの手によるものだし、衣服はファッションデザイナーやテキスタイルデザイナーが関わっているに違いない。街に目を戻せば、看板やポスター、サインはグラフィックデザイナーが関わり、街に走る電車やバス、建築、駅、交通システム等々は、いずれもデザインの対象である。
では、デザインとは何だろう。それを考えるに当たって、「デザイン」と「アート」と「工芸」の違いを考えてみよう。
アート(芸術作品)とは、わかりやすく言えば特定の人間がその一生にただ一度創り出す世界に唯一無二の“もの”であり、工芸(工芸品)とは、特定の職人だけが再現できる“もの”である。そしてデザインとは、再現可能な“もの”であり、重要なのはその設計図である。つまり、図面さえあれば後世の人間は誰でもそれを再現できる。
この仕組みが作られたのはルネサンス時代である。たとえば、それ以前の建築は大工の判断で石を削り、積み上げ、組み合わせられ作られた。つまり作ることと考えることは一致していた。そうではなく、それを事前に計画し構築し図面化して職人たちに示し作らせたのが、近代的なデザインの始まりである。
それゆえ、ともすれば、デザインとは、ものの表面の色やカタチを操作する人という風に理解されるときがある。確かに、パッケージデザインやポスターは意匠であり色やカタチが重要だけれども、デザインの最大の目的はそこではない。デザインの最大の目的は、デザインという行為を通して私たちが生きるこの社会や生活そのものを快適にすることにある。そのために、デザイナーはデザインするにあたり、機能性、経済性、サステナビリティ(環境問題やエネルギー問題を含めた持続可能性)、政治や社会情勢といった多岐にわたる問題をクリアしないといけないし、そのためには人間の行動心理や哲学、人間工学や時代のトレンド等々も理解していないといけない。上述したパッケージデザインやポスターにしても実際はそのような問題をクリアしながら実現されているのは言うまでもない。
このように、デザインとは単にものの色やカタチを操作する行為ではない。さまざまな知識や経験を総動員して、多岐にわたる問題をクリアしつつ私たちの暮らしや生活、社会そのものを豊かにする行為である。また、先に紹介した、事前に計画する、という考え方自体、現在では再考が求められている。
このような問題をクリアするためには、相当の教養や技術が必要とされる。それらを学び研究、応用する場が大学にほかならない。
では、デザインとは何だろう。それを考えるに当たって、「デザイン」と「アート」と「工芸」の違いを考えてみよう。
アート(芸術作品)とは、わかりやすく言えば特定の人間がその一生にただ一度創り出す世界に唯一無二の“もの”であり、工芸(工芸品)とは、特定の職人だけが再現できる“もの”である。そしてデザインとは、再現可能な“もの”であり、重要なのはその設計図である。つまり、図面さえあれば後世の人間は誰でもそれを再現できる。
この仕組みが作られたのはルネサンス時代である。たとえば、それ以前の建築は大工の判断で石を削り、積み上げ、組み合わせられ作られた。つまり作ることと考えることは一致していた。そうではなく、それを事前に計画し構築し図面化して職人たちに示し作らせたのが、近代的なデザインの始まりである。
それゆえ、ともすれば、デザインとは、ものの表面の色やカタチを操作する人という風に理解されるときがある。確かに、パッケージデザインやポスターは意匠であり色やカタチが重要だけれども、デザインの最大の目的はそこではない。デザインの最大の目的は、デザインという行為を通して私たちが生きるこの社会や生活そのものを快適にすることにある。そのために、デザイナーはデザインするにあたり、機能性、経済性、サステナビリティ(環境問題やエネルギー問題を含めた持続可能性)、政治や社会情勢といった多岐にわたる問題をクリアしないといけないし、そのためには人間の行動心理や哲学、人間工学や時代のトレンド等々も理解していないといけない。上述したパッケージデザインやポスターにしても実際はそのような問題をクリアしながら実現されているのは言うまでもない。
このように、デザインとは単にものの色やカタチを操作する行為ではない。さまざまな知識や経験を総動員して、多岐にわたる問題をクリアしつつ私たちの暮らしや生活、社会そのものを豊かにする行為である。また、先に紹介した、事前に計画する、という考え方自体、現在では再考が求められている。
このような問題をクリアするためには、相当の教養や技術が必要とされる。それらを学び研究、応用する場が大学にほかならない。
大学のデザイン学の今
大学において、実際にデザインはどのような学科や専攻、コースに分かれているのだろうか。そこで代表的な学科や専攻などに見られる専門性(領域性)を下記に紹介する。
それは大きく5つの領域に分かれる(図1)。もっとも、後述するように、現在ではその領域の境界はあいまいであり、複数の領域が現実には重なり合っていることは注意が必要だ。
1つ目の領域は「平面系」で、ヴィジュアルデザイン、グラフィックデザイン、マンガなどがこれに当たる。
2つ目の領域が「空間・モノ系」で、環境デザイン、空間、建築、インテリアデザイン、プロダクトデザインなどがこれに当たる。
3つ目の領域が「映像系」で、写真、映画、アニメーションなどがこれに当たる。
4つ目の領域が「ファッション系」で、ファッションデザイン、テキスタイルデザインなどがこれに当たる。
5つ目の領域が「情報系」で、情報デザイン、メディアデザインなどがこれに当たる。
他にもライフデザイン、キャリアデザイン、システムデザインなど、その領域は多岐にわたるし、繰り返して言うが実際にはそれぞれの領域は固定されているわけではない。グラフィックデザイナーがプロダクトのデザインをしたり、テキスタイルデザイナーがインテリアのデザインをするなど、現実の世界ではむしろそれが当たり前である。
このように、現実にはデザインの領域境界はないに等しい。そこで、多くの大学ではその専門領域の専門性は確保しながらも、横断性や総合性を重視しているし、大学によっては専門領域がない大学もある。
それは大きく5つの領域に分かれる(図1)。もっとも、後述するように、現在ではその領域の境界はあいまいであり、複数の領域が現実には重なり合っていることは注意が必要だ。
1つ目の領域は「平面系」で、ヴィジュアルデザイン、グラフィックデザイン、マンガなどがこれに当たる。
2つ目の領域が「空間・モノ系」で、環境デザイン、空間、建築、インテリアデザイン、プロダクトデザインなどがこれに当たる。
3つ目の領域が「映像系」で、写真、映画、アニメーションなどがこれに当たる。
4つ目の領域が「ファッション系」で、ファッションデザイン、テキスタイルデザインなどがこれに当たる。
5つ目の領域が「情報系」で、情報デザイン、メディアデザインなどがこれに当たる。
他にもライフデザイン、キャリアデザイン、システムデザインなど、その領域は多岐にわたるし、繰り返して言うが実際にはそれぞれの領域は固定されているわけではない。グラフィックデザイナーがプロダクトのデザインをしたり、テキスタイルデザイナーがインテリアのデザインをするなど、現実の世界ではむしろそれが当たり前である。
このように、現実にはデザインの領域境界はないに等しい。そこで、多くの大学ではその専門領域の専門性は確保しながらも、横断性や総合性を重視しているし、大学によっては専門領域がない大学もある。
大学でのデザインの学び
では、実際のデザイン系大学のカリキュラムはどうなっているのか。それを考えるとき、忘れてはいけない学校にドイツのバウハウス(1919~1933)がある。バウハウスは、工芸・写真・デザイン・建築・美術を総合・統合的に教えた学校であり、美術とデザインの境界を超え、美術を生活のなかに実用品として供給すると同時にデザインを芸術の域まで引き上げた。
そのバウハウスは、他方で現在のデザイン大学におけるカリキュラムの基盤を作っている。具体的には、学生は、入学後、基礎的な形態研究とベーシックな素材を使ったワークショップを経て、石材、木材、金属、陶芸、ガラス、色彩、テキスタイルといった素材と向き合いながら、自然研究、素材研究、空間・色彩・構成研究、構造・表現研究などを学び、芸術・デザインを作り出す根本原理を身につける(図2)。
以上の仕組みは、姿は違えども現在でも多くのデザイン系大学のカリキュラムの基礎となっている。そして、多くの大学ではこの仕組みにそれぞれの専門領域を組み合わせて独自のカリキュラムを作っている。
たとえば、東京造形大学の場合、学生は入学時に選択した専攻(専門領域)のプログラムにのっとり、専門領域の基礎的な実技と理論を学びながら、並行してデザイン・美術に共通した造形の基礎を学ぶ。それは正にバウハウスの最初のベーシック教育をなぞっているものだ。そして、2年次から順次、専門領域の専門性は基礎的なものからより高次なものへと進み、身につけた技術を使って自らが考えたデザインを具現化させる演習へと深化させ、実際に社会と連携して実践へとつなげていく。もちろん、並行して他専攻(他の専門領域)の演習科目も履修することでデザインの広がりを知り、最終学年である4年次において以上の知見の集大成としての卒業研究・卒業制作へとコマを進めていく(図3)。
もちろん、大学によってその方法は異なるが、まずは専門性の基礎、デザイン一般の基礎、教養の基礎を横断的、総合的に学んだのち、それらを統合しながら高次の専門教育へと進み、学際的で広い視野を持ったデザイナーやクリエイターを輩出するポリシーは大きくは変わらない。
世界を知り、その世界をより快適な社会へと維持・再編していく人、そのような人の輩出を目指してデザイン系の大学はある。
そのバウハウスは、他方で現在のデザイン大学におけるカリキュラムの基盤を作っている。具体的には、学生は、入学後、基礎的な形態研究とベーシックな素材を使ったワークショップを経て、石材、木材、金属、陶芸、ガラス、色彩、テキスタイルといった素材と向き合いながら、自然研究、素材研究、空間・色彩・構成研究、構造・表現研究などを学び、芸術・デザインを作り出す根本原理を身につける(図2)。
以上の仕組みは、姿は違えども現在でも多くのデザイン系大学のカリキュラムの基礎となっている。そして、多くの大学ではこの仕組みにそれぞれの専門領域を組み合わせて独自のカリキュラムを作っている。
たとえば、東京造形大学の場合、学生は入学時に選択した専攻(専門領域)のプログラムにのっとり、専門領域の基礎的な実技と理論を学びながら、並行してデザイン・美術に共通した造形の基礎を学ぶ。それは正にバウハウスの最初のベーシック教育をなぞっているものだ。そして、2年次から順次、専門領域の専門性は基礎的なものからより高次なものへと進み、身につけた技術を使って自らが考えたデザインを具現化させる演習へと深化させ、実際に社会と連携して実践へとつなげていく。もちろん、並行して他専攻(他の専門領域)の演習科目も履修することでデザインの広がりを知り、最終学年である4年次において以上の知見の集大成としての卒業研究・卒業制作へとコマを進めていく(図3)。
もちろん、大学によってその方法は異なるが、まずは専門性の基礎、デザイン一般の基礎、教養の基礎を横断的、総合的に学んだのち、それらを統合しながら高次の専門教育へと進み、学際的で広い視野を持ったデザイナーやクリエイターを輩出するポリシーは大きくは変わらない。
世界を知り、その世界をより快適な社会へと維持・再編していく人、そのような人の輩出を目指してデザイン系の大学はある。



