何を学ぶ
染織、漆、木工、金工、陶磁、ガラスなど、伝統的な手技で作られる「もの」の美を追求する。デジタル技術などの新しい技術の導入も模索しながら、自らの手で考えることを学ぶ。

山本 健史(やまもと たけし)先生
金沢美術工芸大学/美術工芸学部/教授
1962年京都府生まれ。金沢美術工芸大学大学院修士課程工芸専攻陶磁教室修了。八木一夫賞現代陶芸展優秀賞、世界陶磁器ビエンナーレ銅賞、国際陶磁器展美濃銀賞受賞。専門は陶磁器による造形表現。
工芸とは何か
現在、工芸という言葉を日常的に使う若者は少数派かもしれない。ただし、日本の一般的な家庭には工芸品といえるものは大抵あるだろう。わかりやすい例を挙げると、ご飯をいただくときに使う茶碗やお椀(わん)、あるいはお箸(はし)といった生活に関わり彩りを与えてくれるものたちである。そんな遠くて近い工芸とはどんなものなのか、詳しく述べていく。
「工芸」や「美術」などの概念は、明治時代以前は明確ではなかった。「芸術」という言葉は江戸時代から見受けられたが、「美術」や「工芸」は西洋の「Art」と「Craft」という概念に対応するものとして明治期以降に一般化した。崇高壮大な美を表現しようとするのがArtで、人間生活の日常性と結びついた美がCraftであるというような意味であると考えてほしい。
美術という言葉は明治期の造語だが、工芸という言葉は中国では古くから使われていた。宋時代の本に工芸のことが出てくるが、そのなかには弓を射ること、馬や車を御すこと、字を書くこと、算数、絵を描き彩色をすること、諸器物を作ることなど、非常に広い範囲のこととして書かれている。これらは技を鍛錬して上手にならないとできない芸であるということがわかる。
明治の初めに考えられていた工芸には衣服、器、工具、装飾、玩具、家具、台所用品やそれに加えて土木・建築、さらに雑貨を含めた産業工芸までもが含まれていた。やがて、工芸とは人間が生活していく際にその生活を快適にしてくれる道具や器物のことであり、それらは美しく使いやすいほど私たちにとってはよいものである、という考え方が一般的なものとなっていった。
その一方で、古代の石器や土器に美を感じることも多くの現代人が認めるところである。石や土を工作する技術の巧みさと素材が持つ美しさが融合しているからである。ここにもまた工芸的な美の本質があるように感じる。
現代生活において石器を使うことはまずない。しかしそれを見ているだけで魂が揺さぶられるような感覚を持つ人がいる。同じような意味で現代の工芸作品のなかにも見ること以外の用を持っていないものがある。ある物は壺の形をしているけれども実際に花を生けなくてもよいというものもある。前述した通り、純粋に美を追求する世界を美術という。しかし工芸のなかにもそういう世界があることも事実のようである。
人間が手に道具を持ってモノを工作するようになり、そのモノがさらにモノを産むようになった。よい道具をうまく使えばよいモノが産まれてくるようになる。そうして道具は発達し、技術も発達してきた。やがて人間は工作作業の合理化を考える。どうすれば無駄なく労力を少なくできるかを考えはじめ、その結果、道具という範疇(はんちゅう)を超えて機械を産み出した。
道具が一部自動化されたような機械は、はたして道具ととらえてよいのか、その判断は難しい。一定の働きを任せ、効率的に作業を進められるのが機械の強みでもあるが、微妙な調整が必要なときには、やはり手と素材とのつながりは欠かせない。機械による量産を肯定しつつ、機械の短所をできる限り減らして美しいものを作ろうとする人たちもいる。デザイナーといわれる人たちである。
デザインという言葉には設計とか計画という意味が広義にはある。その世界と手技がつながる境界領域もまた工芸といえるのではないか。もっともわかりやすい例は、機能美を追求するクラフトの世界である。
近年、伝統的な工芸品が持つ美を、現代の生活における実用品と結びつけようとする意識を持つ若い人たちが増えている。同時に伝統技法を駆使し非常に高度な技術で作品を作ることに情熱を傾ける人たちも目立ってきている。伝統と現代を、あるいは美と生活をどのように結びつけるのか、ということが美術という大きなくくりのなかでも重要な関心事となっている。
制作者にとっての工芸とは、ここまで述べてきたように「手」というキーワードを軸に、心を動かすモノを作ることを目指す世界から、生活を設計したり豊かにしてくれるモノを作る世界まで非常に幅広いものであることはわかってもらえたのではないか。
「工芸」や「美術」などの概念は、明治時代以前は明確ではなかった。「芸術」という言葉は江戸時代から見受けられたが、「美術」や「工芸」は西洋の「Art」と「Craft」という概念に対応するものとして明治期以降に一般化した。崇高壮大な美を表現しようとするのがArtで、人間生活の日常性と結びついた美がCraftであるというような意味であると考えてほしい。
美術という言葉は明治期の造語だが、工芸という言葉は中国では古くから使われていた。宋時代の本に工芸のことが出てくるが、そのなかには弓を射ること、馬や車を御すこと、字を書くこと、算数、絵を描き彩色をすること、諸器物を作ることなど、非常に広い範囲のこととして書かれている。これらは技を鍛錬して上手にならないとできない芸であるということがわかる。
明治の初めに考えられていた工芸には衣服、器、工具、装飾、玩具、家具、台所用品やそれに加えて土木・建築、さらに雑貨を含めた産業工芸までもが含まれていた。やがて、工芸とは人間が生活していく際にその生活を快適にしてくれる道具や器物のことであり、それらは美しく使いやすいほど私たちにとってはよいものである、という考え方が一般的なものとなっていった。
その一方で、古代の石器や土器に美を感じることも多くの現代人が認めるところである。石や土を工作する技術の巧みさと素材が持つ美しさが融合しているからである。ここにもまた工芸的な美の本質があるように感じる。
現代生活において石器を使うことはまずない。しかしそれを見ているだけで魂が揺さぶられるような感覚を持つ人がいる。同じような意味で現代の工芸作品のなかにも見ること以外の用を持っていないものがある。ある物は壺の形をしているけれども実際に花を生けなくてもよいというものもある。前述した通り、純粋に美を追求する世界を美術という。しかし工芸のなかにもそういう世界があることも事実のようである。
人間が手に道具を持ってモノを工作するようになり、そのモノがさらにモノを産むようになった。よい道具をうまく使えばよいモノが産まれてくるようになる。そうして道具は発達し、技術も発達してきた。やがて人間は工作作業の合理化を考える。どうすれば無駄なく労力を少なくできるかを考えはじめ、その結果、道具という範疇(はんちゅう)を超えて機械を産み出した。
道具が一部自動化されたような機械は、はたして道具ととらえてよいのか、その判断は難しい。一定の働きを任せ、効率的に作業を進められるのが機械の強みでもあるが、微妙な調整が必要なときには、やはり手と素材とのつながりは欠かせない。機械による量産を肯定しつつ、機械の短所をできる限り減らして美しいものを作ろうとする人たちもいる。デザイナーといわれる人たちである。
デザインという言葉には設計とか計画という意味が広義にはある。その世界と手技がつながる境界領域もまた工芸といえるのではないか。もっともわかりやすい例は、機能美を追求するクラフトの世界である。
近年、伝統的な工芸品が持つ美を、現代の生活における実用品と結びつけようとする意識を持つ若い人たちが増えている。同時に伝統技法を駆使し非常に高度な技術で作品を作ることに情熱を傾ける人たちも目立ってきている。伝統と現代を、あるいは美と生活をどのように結びつけるのか、ということが美術という大きなくくりのなかでも重要な関心事となっている。
制作者にとっての工芸とは、ここまで述べてきたように「手」というキーワードを軸に、心を動かすモノを作ることを目指す世界から、生活を設計したり豊かにしてくれるモノを作る世界まで非常に幅広いものであることはわかってもらえたのではないか。
何を学ぶか
工芸を専攻したいと希望する人にはいろいろなタイプがある。生活に関わるモノに興味がある人、道具や素材に触れているのが好きな人、ある作品に感動してそのような世界に近づきたいと願う人など、挙げればきりがないかもしれない。
工芸の理論や技術を学ぶ方法にはいくつもの選択肢がある。現在活躍している作家のもとに弟子入りし、独立を目指す人もいるかもしれない。専門の研修施設で勉強する人もいるかもしれない。では大学に進学し、工芸を専攻し、何を学ぶのか、という点について考えてみる。
これまで述べてきたように工芸の世界は表現からデザインの世界にまで広がっている。素材の知識や技術の習得が工芸を志す者にとって大切な専門性の獲得となることは明白である。しかしそれだけで十分なのか。社会人として必要な幅広い教養はもとより、歴史を学び制作の方向性を模索する思考力、社会に対して作品を示すためのプレゼンテーション能力や、海外で活動を行うためのコミュニケーション能力も必要であろう。
大学という組織体には、幅広い教養や美術・工芸・デザインの世界を社会と結びつけるために必要な知識や技術を育てるためにさまざまなプログラムが用意され、それらを専門とする教員が配置されている。社会で必要とされるさまざまな知識や技術を、短い時間のなかで効率的に身につけることが可能なのである。
大学では異なる専門分野の考え方や技術に触れる機会を持つことができる。デザインや美術分野の教員や学生との交流により生じる刺激はいうにおよばず、レーザーカッターや3Dプリンター・インクジェットプリンターなどに代表される新しい機材をはじめとした素材や技術など、これまで工芸分野ではあまり取り入れられることのなかった技術や考え方が工芸の世界に取り込まれはじめている。そのような最先端の世界に触れられるのも大学で学ぶことの強みである。
工芸の理論や技術を学ぶ方法にはいくつもの選択肢がある。現在活躍している作家のもとに弟子入りし、独立を目指す人もいるかもしれない。専門の研修施設で勉強する人もいるかもしれない。では大学に進学し、工芸を専攻し、何を学ぶのか、という点について考えてみる。
これまで述べてきたように工芸の世界は表現からデザインの世界にまで広がっている。素材の知識や技術の習得が工芸を志す者にとって大切な専門性の獲得となることは明白である。しかしそれだけで十分なのか。社会人として必要な幅広い教養はもとより、歴史を学び制作の方向性を模索する思考力、社会に対して作品を示すためのプレゼンテーション能力や、海外で活動を行うためのコミュニケーション能力も必要であろう。
大学という組織体には、幅広い教養や美術・工芸・デザインの世界を社会と結びつけるために必要な知識や技術を育てるためにさまざまなプログラムが用意され、それらを専門とする教員が配置されている。社会で必要とされるさまざまな知識や技術を、短い時間のなかで効率的に身につけることが可能なのである。
大学では異なる専門分野の考え方や技術に触れる機会を持つことができる。デザインや美術分野の教員や学生との交流により生じる刺激はいうにおよばず、レーザーカッターや3Dプリンター・インクジェットプリンターなどに代表される新しい機材をはじめとした素材や技術など、これまで工芸分野ではあまり取り入れられることのなかった技術や考え方が工芸の世界に取り込まれはじめている。そのような最先端の世界に触れられるのも大学で学ぶことの強みである。
大学での専攻学習内容
●描写力・造形力・色彩感覚など制作のために必要となる基礎的な力を養う。またコンピュータの扱い方や写真撮影の基礎を身につける。
●さまざまな素材に触れ、それぞれが持つ特徴と、そこから引き出される効果について経験する。
●造形を行うための思考力を養い、それを作品化するための基本的な技術について学ぶ。
●自分が作り出すものを社会にどのように役立てるのか、先輩の姿を通して考える機会を持つ。
●素材や技術を絞り込み、専門的な知識や技術を習得する。<陶磁・金工・漆芸・染織などの専門に分かれ、実験的な制作からスタートを切る>
●自分の世界を展開するための論理的思考力を養う。制作を確実に進めるための計画性も身につける。
●素材と技術を駆使し、現在を生きる学生自身が考えたことや表現したいものを作品化する。<卒業制作へ>
私の教室では、初めに伝統的な技術の習得や、素材の理解を徹底して進める。その上で生活工芸(伝統)・造形表現・プロダクトデザインといった分野を意識した制作課題を出し、それぞれの世界への理解を促した上で自由制作に入る。
自由制作では独自のテーマを構築し、作品化できるようにする。卒業制作は大学生活の集大成として制作し、学外の美術館で卒業制作展を行っている。
卒業制作展は年度末になると多くの美術大学で開かれる。卒業制作の作品をじっくり見学することで、その大学(教授陣)の特徴が見えてくる。大学院(修士・博士)の修了作品展の情報と合わせてホームページなどで調べて実際に足を運んで見てほしい。日頃の制作や学習、生活のことなどについての話を現役の学生から直接聞くことができれば、大学生活のイメージを持ちやすくなるだろう。
現在の日本の工芸教育の現場ではそこで扱う「素材名」を専攻名やコース名にしている大学が多い。「金属、陶器、ガラス、染織、漆」などが代表例であるが、これらの素材を前述した生活・表現・デザインといった要素とどのように組み合わせるのか、教授陣の考え方によってカリキュラムの組み方が大きく違ってくるので事前に調べてほしい。
卒業後の進路
学部卒業後すぐに社会に出る学生の進路として多く見受けられるのは美術・工芸の教員や指導員、研究機関の職員や技師、企業の商品企画者やデザイナーのほか、作家の弟子、少量生産工房の職人、独立し作家を目指す者などであるが、それぞれが経験を積み重ねて本当の意味でのプロヘと成長していく。
また近年の傾向として大学院への進学や、海外への留学を希望する人が増えている。学部での4年間だけでは工芸の知識や技術を十分に習得できないと考える学生もいて、より高い専門性を身につけることで、新しい工芸の美のあり方を現代社会に問いかけようとする多様で活発な動きがある。
また近年の傾向として大学院への進学や、海外への留学を希望する人が増えている。学部での4年間だけでは工芸の知識や技術を十分に習得できないと考える学生もいて、より高い専門性を身につけることで、新しい工芸の美のあり方を現代社会に問いかけようとする多様で活発な動きがある。
